またまた日々草ですが 今回は植わっている場所がユニークです
駐車場の外縁のすき間にこぼれ種が飛んでいって育ったものです
世の中的に言えば ど根性日々草 です
我らにはいろいろ欠けた部分がありますが 根性 はその最たるものでしょう
いわゆる ヘタレ です
AIによればヘタレとは 困難から逃げ出す 頼りにならない などの特徴らしい
日本人にはこのヘタレは以外と多いかもしれません
と言うのも からかい上手な高木さん と言うアニメ(漫画)が凄い人気で
これの男子が全員特に西方がヘタレで 高木さんにやられっぱなしなのです
このアニメが人気と言う事はヘタレの西方が応援されていると言うことだと思います
日々草はとてもチャーミングな花で普通は花壇の中央に陣取って輝くものです
ところがこれは以外と気難しくてよく失敗します
我が家でも昔は失敗(育たないで次第に小さくなってしまう)の連続でした
実は今年も5月6月と2回失敗しています
しかしとうとう日々草を失敗する原因が判明しました
日々草の苗を早々と購入してしまうのがいけないのです
日々草を愛するゆえに苗がガーデニング屋さんに出るやいなや購入してしまうのです
そして5月や6月では日々草にはまだ暑さが足りないのです
たとえば,6月に植えた苗は一ヶ月間失敗モードで縮んでいましたが
7月になるとがぜん元気になって育ち咲き始めました
来年からは日々草が売り出されても直ぐには買わず梅雨が明けるまで我慢することにします
路傍の石 そのはじっこに咲く花
雨にも日照りにも風にも人の足にも…負けず
ここがわが天地!だものね Lucky you!
あなたのお仲間は芝生の向こう
お日様いっぱい栄養いっぱい散水いっぱい
甘やかされいっぱい 賞賛いっぱい Lucky them!
こっそり
わたしの依怙贔屓のすべてを あなたに
あしたも あさっても しあさってもだよ!
あなたは知らないけど
あなたの横にはタンポポ すみれ
すこし向こうにはエリゲロン
わたしの依怙贔屓ゾーン
この夏に飛び入りでやってきた日日草さん
おもいっきりの
ようこそ! なのでした。
咲きなさい 種飛ばしなさい ご町内へ飛んでけー!
路傍の花から いつか 花壇の花へ なるのかもよ
Lucky you!
飛行機雲です.ちょうど2年前に撮ったものです
しかも同じ写真をここにアップしています(配偶者さんの指摘!)
青い青い大空が広がりそこに細い白線がくっきりまっすぐ伸びているのですから
だいたいの人は気に入る事と思います と言うわけで2回目です
飛行機雲と言えばユーミンさんが荒井由実と名乗っていた時代の曲が非常に有名だと思
います.
歌詞が普通の明るい曲と違ってちょっとドキドキしますが
何を隠そうこの曲は数少ない我らが歌える曲なのであります
最近ではアレクサを前に置いてこの曲を伴奏させて2人で大声で歌っています
その他にyou raise me up も定番なのです
簡単に言えば
ユーミンの方は飛行機雲の上を駆け上がって天国に行く話で
英語の方は荒れた海の上を歩きながら山を投げ飛ばす話です
ともに常識的な感覚ではまともではありませんが
配偶者さん以外は誰もいない暗くした部屋ですので
2人とも とちくるった ような熱意で歌っています
勿論日頃のうっぷんをはらしているのです
と書いたもののいったいどんなうっぷんがあるのでしょうか?
ちょっと考えてみましたが思いつきません
たぶん 身の程を知って 多くを望まないのがうっぷんが無い理由だと思います
たとえば,若き頃は海外に出かけるのが好きでしたが
今は腰痛があるので飛行機はイヤイヤ!
歩くのも20分が限界です
2本杖ですので荷物は小さいリュック一個だけです
食事では肉類は食べれません 固いし生き物殺害の悪臭がします
体温調節機能が低下しましたので暑い環境も寒い環境もイヤです
その他いろいろイヤです で旅行したいとは思わないのです
うっぷんの話でした
そうです うっぷんはありません ないように静かに暮らしています
とはいうもののどっかに出かけない日はありません
出かけますが いつも同じところで 心労がゼロです
それでも家から離れるとドーパミンがでて元気がでて うっぷんは消え失せます
昨日は雨で近くの神社までしか散歩できませんでした
本日も朝から雨です.ズーッと降るらしい
秋雨に うっぷん貯まる 我が家かな
2人ともちょと機嫌が悪いかも
空に走るひこうき雲を見ると 私の心はおどります
空にかかる虹を見ると 私の心はおどります
高い高い空 心広げて眺める空間
そこに浮かび広がる そこに駆けあがる
虹 ひこうき雲
その架かる向こうに 向こうがある
その駆け行く先に 先がある
いざゆかん!
○○と子供は高いところに登りたがる・・・?
これは卒業ということで 無し!無し!
両手に杖ではね 登るのは パス!パス!
目を閉じて 両手広げて
さあ目は空に
虹をこえて ひこうき雲に心かさねて
いざ 出立の時!
あれっ 杖なんて言葉だしちゃうと
せっかくの 元気ハツラツ表明のつもりなのに
陰陰滅滅の気配・・・にじり?
あれっわたしもうっぷんたまってるのかしらん
明日天気になあれ
ちょっと暑めでも許しますよ。
実はスイレンの写真をアップする予定だったのですが
配偶者さんが我が家の前庭の写真を撮ってくれていましたのでこれにしました
夏の花達がますます元気になったからです
今年は太陽はいっぱいで雨も適度に降って夏の花には最適な気候だったようです
今は夏の花達ですが1年の花の移り変わりを思うと実に「目まぐるしい」ものがあります
それぞれの花が咲く時期や花期の長さが異なることや
それぞれの花にとって最も適した温度 湿度 太陽量が異なることが原因のようです
こんなに花だらけになるのはちょっと予想以上です
今年はどの夏の花にもちょうどよい感じの気候だったのでしょう
ちなみに我々人類にはちょっと暑すぎました まあいくら暑くても
日本では家から出ずにエアコンのお世話になっていれば言う事なしですが
いろんなドクターが 歩け歩け! さもなくば天国直行だ! と言ってます
家でエアコンの下でボーッと居眠りしているべきか炎天下でボ〜ッと歩くべきか
どうしろいうんでしょうね?
我らはだいたいは歩いていますが 帰宅後は2人とも疲れて午睡してしまいます
日本とは違ってヨーロッパ諸国ではエアコンがないらしく
多くの年寄りが暑い部屋で悶絶し老衰が進行し(天国直行で)大変だったようです
家にエアコンをつけられない理由が見てくれが悪いとか言ってました
確かにだいたいの家は古めかしくて何となく威厳がありそうで
窓の外にエアコンをぶら下げるとみっともなくなるような雰囲気です
それでも病人とか高齢者とかが希望した場合には
設置を認める程度の余裕というかやさしさと言うかがあっ0た方がよいな〜
と日本人なら思うことでしょう
まあその性で街の美しさはむちゃくちゃになるでしょうが これは仕方ありません
世の中はあっちをたてればこっちがたたずの(トレードオフ)関係があるのが普通です
ヨーロッパ諸国ではエアコンの例のように極端な解決を選択することが多いようですが
日本ではトレードオフ問題の処理でもどっちつかずにすることが多いのでしょ0う
ちなみにこの中途半端な解決方は社会的に最適であることが多いです
エアコンでも必要な住人には設置を認めるのが(たとえみっともなくなっても)
最も望ましい解決法と思われます..日本人的感覚ではですが
なんかまじめ風な話になりました たまには良いでしょう
いつまで続くこの暑さ 呻いていませんか? 呻いています。
でも不思議なのですが 夕方太陽見えなくなると
とたん風の中に涼しさ・・・感じませんか?
秋はこっそり・・・なのかも
わが庭は真夏の庭今が最高潮・輝きまくっています。
不思議です。庭に咲いてる花は去年と全く同じメンバーなのですよ。
日日草 ジニア ケイトウ シラユキソウ 芝生
去年も凄い凄いと言って自慢顔してました。
今年ももう凄いったら!
全然雰囲気違う庭になりました。同じ素材と思えないくらいです。
思い知らされました。
夏の庭には夏の花 花達はその時!を知っているのですね。
暑くて良いのです。 適当に雨降ってくるのでしょう。
風も吹くのでしょう。 萎れても倒れても身をもたげ直し
自分たちの時 自分たちの季節 自分たちの庭 謳歌しています。
ほんと うれしい うらやましい 感激 感謝 尊敬 望外の喜び
わーお わーお
夏の庭に 夏の花咲く これ何の不思議もないこと だ・よ・ね
両手に杖 颯爽っと散歩に出かける私たちを見送り
よれよれ あと十歩っと言いながら帰ってくる私たちを出迎え
何時も爽やか活力あふれる姿でのご挨拶
もうもう 疲れぶっとび・・・ぶっとばないけどね。
夏の日々楽しく美しいものにしてくれてるのは確かです。
夏に乾杯! 夏の花達に乾杯!
写真No.216:8/16:近くの神社
近くの神社です
地元の人達以外はだれも知らない神社ですが古そうで貫禄があります
雨が降ってたり降りそうなときにはここあたりまで散歩にきます
年末以外ほぼ人が来ない神社ですので 境内の倉庫の縁側に座っていると
カナカナが鳴いていますが 静かに時間がすぎてゆきます...。
youtubeで孤島や山奥の村を見ているとどこにでも神社があります
日本の宗教は神道だと人が言うのを聴くとちょっと白けるところがありますが
日本ではどんなに貧しい小さい村にも神社が建っているのを見ると
もしかすると そうなのかなと 思っちゃいます
私どもは生意気にもと言うか知ったかぶりというか怖いもの知らずというか
神様なんかいるもんか と思っているらしいです
と書いたものの この神社には昔からお賽銭を投入しています 10円玉ですが
賽銭箱が置いて無くて本堂の門扉に開いた穴から10円玉をいれるのでまさに投入します
投入時には ついでにお願いもしています
以前にも書きましたが ここの神様はだいたいお願いを聞いてくれます
今時珍しいOKなと言うか良心的な神様です
神様は居ないと書きましたが100%確実ではありません
居ないと信じる理由はいろいろありますが
もし全能の神様が居れば
ここまで不条理な世界になっていないと思うのが
一番の理由ではないかと思います
これは単に人間と神様の世界観と言うか価値観の違いに過ぎないのかもしれませんので
もし我らの信念が誤りで神様がいらっしゃったら天国?では怒られそうです
嬉しくもそうなってしまったら平身低頭してあやまって許していただきましょう
天国で ゴメンゴメンと 嬉し泣き
そっと言いますね わたし神様あんまし好きではないかも
いい子は天国?いいけどね 地獄を造る人?地獄に送る人?
天を地を人をつくって天国つくるとしても地獄もつくる方
まだ幼すぎるころにパンドラさんの話・出会ってしまったのでした。
禁じられていた箱を好奇心から開けてしまったパンドラさん
ありとあらゆる災難?災害?病?等々箱から出て世に充満しちゃった
箱の底に残ったのは希望だけだった
パンドラさん自分のやらかしたこと知って・そして生き続けたのですよね。
自分の責任である悲惨な世界でどんな思いで生きたのでしょうか
箱に残った希望 それは出さなかったのですよね。
世界に希望も広がるのだとしたら 世界も随分違ったのかも
何故? ただ一つ残った希望の存在
自分のものにしておきたかったの?もしその希望を出してしまったら
あなたの心はもう空っぽ なんにもない 空っぽ
怖かったのでしょうか 怖かったんだろうなあ
幼いころに出会ったパンドラの箱は私を問答無用変えてしまったようですよ。
私の中にもパンドラの箱 すこし開けちゃった感
あまりの醜い中身に驚いて蓋をしたのだけれど
希望だけがすり抜けて出て行ってしまったようなのです。なんと!
自分の箱を開けてはならない!人に迷惑人を不幸にする!
そして私の箱にわたしの内に希望はない!
なんてネガティブ思考 笑っちゃうくらい
幼かったのでほんとに怖く途方に暮れましたよ
神様?にお話ししました。
わたしは悪い子です。神様ならお見通しですよね
いい子でいるように頑張っても悪い子なのは変わらないのだと思います。
見てくださっても見てくださらなくても私には関係ないことのようです。
お願いしたり 許してくださいとか もうそんなこと出来ません。
神様いらっしゃるにせよそうでないにしろ このまんまの私なのだとおもいます。
残酷な話なのか 可愛い話なのか 今もってわかりません
そのまんまで生きてきたの感
神様? 優しく立派な隣人? 嬉しくご挨拶したく思います。
そして ではね…お別れしていく方・・・のように思います。
写真No.215:8/9:
暑いですが頑張ってます
今日はたぶん1万歩歩いたと思います
植物園で7000歩と夕方の散歩で3000歩です
さすがに家の近くの最後の直線の歩道では足を引きずって歩きましたが
写真は真っ赤なケイトウです
何となく赤い花火のような華麗さがあります
これまでケイトウは高い評価をしていなかったのですが完全に見直しました
花火と言えばいよいよシーズンですね
今週からさ来週が花火大会の集中シーズンです
我が配偶者さんの誕生月なので8月にはよく旅行していました
30年ほど昔のことですが唐津に泊まったことがあります
その日の宿泊は川横に建つロイヤルホテルとか言うところで
当時としては中級の上レベルのホテルだったと思います
チェックインすると前払いで請求額は3万5千円ときました
これは高すぎる 2万円程度のはずだ
と思いましたが旅行中のドーパミンで支払いました
一日機嫌良く遊んで日が暮れてホテルに戻ってくると
ドーーーーーン!!!!
ときました なんと ホテルの直ぐ近くの河川敷から花火が上がったのです
それでホテル料金が高かった理由が分かりました
ちょうど花火が始まったころにかえってきましたのでフルに楽しめました
そんな日によく予約出来たと思われるかもしれませんが
このころは宿泊前日に電話で予約を取るようにしていましたので
たぶんキャンセルが出てとれたのだと思います
前日とか当日の予約取りは意外とうまく行くことがあります
たとえば,GWに高山に旅行したときも前日の電話で予約できましたし
カラヤン指揮のベルフィンフィルの演奏も当日会場で予約できました
人生以外とうまく行くものです
前にも書きましたが私にはガーディアンエンジェルさんが付いているので
私が本当に望む事はガーディアンエンジェルさんがなんとかしてくれたのです
Lucky me!
晩年?を意識するってなかなかの味…って言えるのかな
新しい花 未知の花 珍しい花 得難い花 思いつきの花
挑戦がらみの花・・・ 卒業?しちゃったのかもです。
いつ頃からかなあ 多分自分の中に老いを感じた頃からかなあ
懐かしい花を記憶の花を庭にいれるようになってきたようです。
最近はとみにその思い強し。
最後にもう一度レンゲ畑ながめてみたい。矢車草ってあったよね。
ムシトリナデシコ自由奔放に 月見草どんなだったかな
スミレの庭にしてみたい ようこそハナニラの世界
そしてそうですね ケイトウって懐かしい風景に咲く花だよなあ
こんな感じ 思い出の風景からの借景からの
ちょっと切なげな思いも込めての花の庭 花の選択
せっせの移植 配置換え 支柱しっかり 虫は 栄養は
体力気力ありませんねえ
するとね そんなのもうどうでもいいようにも思えるのです
種は撒きました 苗は植えこみました それでいいように思えるのです。
雨 風 太陽 基本あなた達におまかせします。
全てを受け入れますよ。 ありのままを見せてくださいね。
何気なく生きて来たそのどこかでお付き合いのあったらしい花達
その時々を思い起こさせてください。
思い出に生きる花 思い出にひたるお年頃
仲良く出来そうでは あ・り・ま・せ・ん・か・?・!
写真No.214:8/2:庭の花
30年以上前に作っていただいた通帳とキャッシュカードを更新してきました
我が配偶者さんの分です
ATMでキャッシュカードを使おうとすると磁気が弱いとメッセージがでたからです
おかげでハイカラな通帳になりましたし
便利な事にこの通帳を使ってATMで現金を引き出せるようになりました
今日は昼食前にローソンのATMでやってみる予定です
郵貯銀行ではスマホのアプリを使ってでもATMから引き出せるらしいです
しかしたとえば90歳の方が単独でこれを使えたとしたら拍手ものです
よく行くレストランでも注文はタブレットで支払いは専用の機械(ロボット)で行います
だいたいの高齢者はタブレットなんて使い方知らないし
そこに書かれている文字も小さすぎて読みにくい
支払いロボットもどこにも使い方が書いてありませんので始めての人は途方に暮れます
これでは高齢者はお金があってもファミレスにも行けません
この食堂のロボット化はファミレスの話であってちょっと高級な食堂であれば
ウエーターかウエートレスを雇っているのかもしれません
そう言えばロイヤルホストは注文も支払いも人間がやっている 高いけど...。
どっちにも高齢者は行けない
ファミレスはロボットが怖いし年金では高いレストランは無理です
ちなみにガストでは配膳もロボットのためお店に入ってから出るまで
お店の人と口をきく事も顔を合わせることもありません
youtubeによれば一人暮らしの高齢者はレストランの注文時や支払い時に
お店の人達と口をきく(天気の話をする)のが認知症の進行を遅らせるのだそうです
認知症の高齢者が増えているのにはガストにも責任の一端があるようです!
今週の写真は庭の花です 初夏で暑いのですが いろんな花が咲いています
現在はいわゆる百花繚乱の状態です マジにいろんな花がいっぱい咲いています
写真には写っていませんが一時はアカンと思われた日々草も元気に咲いています
ちなみにこのエッセーサイトはちょうど4年前の7月に開いたのです
4年目で200回を超えています よく続いているものです
ほぼ誰も読まないのですが
配偶者がいますので最低でも一人の読者はいるのです
それで満足です ではまた
日向の庭・夏の庭・2026年
目論み外れの庭なのです。そして不思議な魅力的な庭となりました。
夏の庭の主人公は日日草と決めていました。中心部にしっかりの株数
心もとないの感がつきまとったので 花の庭への保険のつもりで
去年そっと集めておいた種ばらまいておいたのでした。
庭の中心に日日草 後ろ・まわり・引き立たせるための花を配置
庭のプランなんて人の浅知恵なのですね。
どうなったとおもいます?
苗屋さん育ちの日日草 もがきながらもがんばってくれました。
そうこうしてるうちに わが庭が故郷 そこに落ちた(ばらまかれた)種
わが天地とばかりにあちこちに勝手に元気にすこやかに
すごいことに・・・
日日草はしっかりホワイトグランドカバー その中に赤い鶏頭が健やかに君臨
初雪草もあちこち霞みか雲かと揺れています。
はっきりの形のジニア 繁殖しまくっています。
不思議なまでに調和しています。優雅でもあるのです。
みんな勝手に折り合いつけ咲いてるだけなのですけどね。
自然・・・ということなのでしょうか・・・
日の陰った水やりの終わった庭
持ち出した椅子に座ってのひと時 夢のようなひと時
一粒の種もし死なずばの庭・・・気取ってみました。
八月進んで行けば なんじゃもんじゃの庭 となること請け合いの庭
それはそれで きっと・・・ね!
嬉しい今年の庭・日向の庭・夏の庭
写真No.213:7/26:ひまわり
暑い日々が続いています そこで登場するのがひまわりさんです
あっちこっちで元気に咲いていますが 写真は京都植物園のものです
背が高くて花が一個しか咲かないのはロシアひまわりと呼ばれるようです
だいたいは花が大輪になるので人気があります
ひまわりさんは夏らしく輝いていますが我ら人間は汗だくで大変です
京都植物園は歴史があっていたるところに大木がありますので
日陰が多く風さえあればかなり快適です
そこで余り人のこない緑蔭広場でアイスココアをいただきます
車があった時代は駐車料金の制約があって止めてから1時間で戻ってくる
と言うような忙しい滞在でした
この当時は車が無くなればもっとゆっくりできると思っていましたが
ぜんぜんそんなことはなくて アッという間に時間が過ぎます
駐車場の制約は無くなりましたが今はバスの時間が制約です
なにせ1時間に2本しかありませんので これに合わせねばなりません
以前にも書きましたが自分の車が無くなると
タクシー待ちの時間
地下鉄のホームに向かう時間
地下鉄待ちの時間
到着後は
ホームから地上までのエレベータ待ちの時間
エレベータからバス停まで歩く時間
バス待ちの時間
到着後バス停から自宅へ歩く時間
自宅でアイスクリームなどを食べてクールダウンする時間
などが入ってきて一日がアッという間に過ぎて行きます
年をとると時間を有効に使うと言うことを諦めねばなりません
車があるときは気が短かったのです
今は昔!
最近はのんびりと時間が無駄に経過するのを楽しんでいます
昔と言えば 20代の頃に2人で住んでいたアパートには庭がありました
学生で暇だった私はここを掘り返して花壇にしたのです
そして初夏に植えたのが かのロシアひまわりでした
ベッドを入れると部屋の中ではカニさん歩きせねばらないほど狭かったのですが
ここでは配偶者さんの帰宅後にゲームをしたり散歩したりダウンタウンに行ったりして
とっても楽しく暮らしました
花壇で満開のひまわりに負けないほど光り輝く日々でありました
花壇で満開のひまわりに負けないほど光り輝く日々でありました
なんと まあまあまあ んだねえ
我がヒマワリの思い出のページ・・・希薄そのもの
不思議です。 花が好き 大きな顔して生きてきたのに
ヒマワリのページ やっと見つかりました。子供の頃のページです。
夕食前 父が帰ってくるのを待つ時間 庭の草引き手伝いの時間でした。
指令くだります。コスモス、鶏頭、ひまわり 苗は全部引き抜いていいからね
みんな良い花なんだけどね 抜いても抜いてもどうせ出てくるし
花丈高くひっくり返って庭がむちゃくちゃになるから・・・
ひまわりの芽 草とみなし懸命に引き抜いちゃう お手伝いタイム。
不思議 不思議 それははっきり覚えてるのに
コスモスの庭 鶏頭の庭 ヒマワリの庭 なんの記憶もないのです。
家の庭遊び回っていたのに それは父の母の庭・親の庭だっ!の認識だった
そんなことなのかなあ それとも 花には興味なかったのかもですね。
少し残念 少しみっともない(花好き自称者)ですね
すこしだけ言い訳すると
ヒマワリのページは 両親・姉達とのファミリーのページに乗っ取られてる?
神社の角曲がって我が家への一直線道路
父の姿見るや さてっと腰を上げ台所・夕食仕上げ作業へもどる母
おいっちにっ おいっちに 軍隊歩きで帰ってくる父
不遜にも?歩調に合わせ・声かけ合わせて笑ってた三姉妹
草引きをまぬがれた花達 ヒマワリの花たち
そんな家族見てたはずですよね。
我が家のアルバムには
梯子の上で物差しかざしてヒマワリの大きさ誇示してる
"嬉しくてたまらない顔コンテスト”ダントツの優勝者
配偶者さんの笑顔・・・ばっちりの証拠写真!
ハッピーになれる能力大の人ってヒマワリみたいな人ですね
写真No.212:7/19:たますだれ
これは「たますだれ」です 家の庭に咲いています
こんなにきれいな花なんですが この存在を意識するのは始めてなんです
と言うわけでなにも連想することがありません...困りました
名前にある「すだれ」には思い出があります
中学生の頃に住んでいた家が東向きで裏は公園で障害物がありませんでした
裏は当然西向きで西日が家の中に最後(沈む)まで差し込みました
家の中はどこでもとてもとても暑かったです
そこで登場したのがエアコン? いえいえ「すだれ」です
西日の侵入を妨げるため2枚か3枚のすだれが軒からぶら下げられました
覚えていませんがたぶんちょっとはましになったのだと思います
家の中があまり暑いので夕方にはみんなどこかに出かけていたと思いますが
私は向かいにあった金魚掬い屋さんによく行っていました
一時は100匹くらい掬えるほどの達人になりましたが
今思えば掬う金魚の直ぐ側までお椀を持って行ったりしてズルかったと思います
すだれとか金魚掬いとか昔の日本の風物詩です
このときには掬った金魚はもらえませんでしたが
夜店の屋台の金魚掬いではもらえたようです
金魚掬い屋さんからすれば
簡単に掬われるような弱った金魚はお客に与えるのが正解です
いろいろなつかしいですね すだれは旧製品ですが
最近の「ハイテクすだれ」は表は銀色、裏は黒で旧製品より効果的のようです
いよいよ夏本番です 京都は今日も真夏日で35度超えです
京都植物園も宝ヶ池公園も木々の日陰が多くてなんとか散歩できますが
普通の道は歩くのも大変です
今日は「たますだれ」がテーマでしたが何も連想がありませんでしたので
「すだれ」のテーマで書かせていただきました 悪しからず!
お年です。残念。あれもこれも断捨離。無念。
でもね なにがしらの決意にもとづいての行動っと思うと
凛々しい・健気なわたし! 思えないこともない と言えなくもない
庭断捨離・庭じまい という理由で庭触ってることの楽しさよ
花苗屋さんに運んでもらった車とさよなら 両手に杖のお買い物事情こんにちは
すべてこれ自然のなりゆきなり・・・なのだ・・・なのだった
どっこい 駐車場跡は夢に見た日向の庭 どうしてくれましょうぞ
断捨離免れた花株 手持ちの種 これで最後の花の庭コーナー
配偶者さんも結構鼻息荒し チューリップ! 日日草!
手放しで喜んで参加してくれるのでした。
どういうことが起こるのかというと
まだ植え込むには早すぎる時期に タクシーに乗っての日日草の苗購入
満足…苗の調子おかし…買い足し・満足・またおかし…買い足し
また…買い足し なんと高くつくガーデニングであることよ!
タマスダレ わたしの懐かしい花 最後に塊りで咲かせたいな
こっそり通販で買い求めたのでした。球根20個くらいだったかな
今日の写真のタマスダレ 2年目最初に咲きだした花なのです。
白い塊として期待したいのですが…楚々と咲きだしました。
こういう球根ものは 辛抱・落ち着いて待つ!が必要なのですよね。
もちろん 待ち続けるつもりですが
これってせっぱつまっている断捨離・庭じまい っとどういう関係?
頑張り始めて来た日日草 楚々と咲き出したタマスダレ
我が家の庭 今 これでいいのです。 これがいいのです。
もう何たる猛暑 庭水撒きだけで あとは見てるだけ
君たち頑張ってくれたまえ
写真No.211:7/12:蓮
昨日今日と雨で家に閉じ込められました
が 今日も昨日も小雨のときに散歩しました
傘を差したり杖代わりにしたりしての散歩です
途中でザーザー大雨にならないように祈りながらの散歩です
それでも外に出て緑を見ながら散歩すれば心は晴れます 外は雨でもです
今日のお昼は神社までゆきましたが なんと帰りには青蛙を発見しました
小さい小さい青がえるがピョンコピョンコと道を横断していました
数ミリ程度しかないのです いったい何を食べているのでしょう 不思議です
さて 今日の写真は蓮です 下に子蓮がありますおで親子蓮と言うべきでしょうか
蓮は一年前にもアップしましたが これからしばらく咲き続きます
蓮と言えば琵琶湖畔にある水生植物公園を思い出します
琵琶湖の湖東で琵琶湖大橋より南の烏丸半島にあります
昔のことですが この水生植物園の周りには蓮の花が咲いていたのです
広い琵琶湖に一面いっぱいの蓮の花!よかった!
数年前に突然見なくなりました なんか環境が変わったのだと思います
我が家の前庭でも5月に植えた日々草がほぼ見えなくなりました
たぶん待ちきれなくて早く植えすぎたのだと思います
ことしの梅雨はよく雨が降りました
たぶん日々草さんは雨がお好きではないのです 暑い夏がお好みのようです
昨日から気温は30度を超え暑く晴れてますので日々草さんの好む季節になりました
そのためかこぼれ種から育った日々草が元気に咲き始めました
京都は34度になるそうです
散歩にはきつい季節となりましたが負けずに出かけます。
梅雨の終わり近く 芝生は元気もりもり 小さな羽虫(何者だ?)しっかり発生
幼いアマガエルの跳びまわる姿 我が家の楽しく待たれる風物詩
この数年うまくいっていません。羽虫もだけどアマガエルさっぱりのご無沙汰
今年なんか一匹いた!っと大声で報告したことでした…情けない
裏の田んぼで毎夜カエルの声響いてましたけどねえ。
オタマジャクシ見えないのです。他の田んぼでもほとんどいない!
雀みたいに減少中・・・?ということでもないらしい(AIによるとね)
この地域での理由はあるのでしょうね
散歩中 一匹の幼いアマガエルの道横断・安全そうな草むらまでの見届け
このチンチロリンのトピックになる出来事なのでした。
失った風景 というとさみしいですね だから
美しかった風景(思い出)ということにしましょうかね
家の近くの田んぼで(そこだけで)ソプラノで鳴くカエルたちがいました。
毎年 毎年 響き渡るソプラノの合唱
他の田圃いろいろチェックしたけど そこだけ!でした。
嬉しかったのです。 楽しい・楽しみな 季節の風物詩
田圃は埋め立てられ駐車場に・・・
あのカエルたちどうしたのだろう 直ぐ近くの田圃へすら移動しなかったのか
サバイバルできない あの田圃でなくては生きられないカエル一族だったのか
なんとなく メロドラマ風 消えてしまったソプラノカエル合唱団
そんなまますごしてきたのでした。
AIって何でも知ってるようですよ。
疑問・質問の形で検索できるので知りたいことへの近道として有効度大
ふと思いついて ソプラノカエルの存在についての情報・質問開始
あはは お見事な シャーロックホームズさんでしたよ。
ソプラノ 山際の田んぼ コンクリート深めに囲まれて…なあんて感じで
わかったよ・・・わかっちゃったあ・・・となりました。
実情がわかっても あの懐かしいソプラノカエル達の美しい響きと思い出
そのまんま健在です。 すこし ぷぷぷ ですけどね。
知るは面白く そして ぷぷぷの巻 ちょんちょん
写真No.210:7/5:茅の輪
家から歩いて10分のところに神社があります
その境内に写真のような茅(かや)の輪「ちのわ」と呼ばれるものが存在しています
6月30日にこれを8の字になるように3回くぐり抜けると元気に過ごせるらしいです
これは「ちのわくぐり」と呼ばれるもので知る人ぞ知る神事のようです
今年は初夏の時期に雨が多くて在宅することが多く
結果として近くの神社に行く事が多くこの「ちのわ」を青色の間に見る事ができました
神社に行くと奥まった位置に立っている倉庫のような建物の縁側に座って休憩します
その間にときどき参拝の人がやってきますので そっと観察しています
一番多いのはフリーライドする人で賽銭を入れることなくベルをならし願い事をして
パンパン ペコポコ さようならです
神様はどう思っているんでしょうね?ムカッとしているのでしょうか
まあ どうせ神様はお人好しですからフリーライダーに怒ったりしないでしょう
自慢じゃ無いけど我らはフリーライドしていません
普通は神様になにかをお願いす ることはありません 手を挙げて挨拶するだけです
なにか頼み事があるときは お願いする前に10円玉を賽銭穴に投げ入れます
昔は賽銭箱があったのですが たぶん盗まれるのでいまは撤去されてありません
代わりに本堂の扉に賽銭穴が開けてあるわけです
この穴が小さいので投げ入れるのに苦労するのですが このところ私は一投必入です.
昔々一度賽銭投入に失敗して排水溝にころがりこんだことがありました
もったいないことでしたが1円玉でしたのでたいした損失ではありません
これまでのところあまり神様にまじめにお願いしたことはないのですが
経験的にはこの神様にお願いしたことはかなえてくれるように思われます
なかなか親切な神様のようです
ここから山が始まる・・・そにちょこんとの素朴な神社
京都ってすごいな・・・思わさせられる神社です。
小さい、素朴、人の気配あんまり、しっかりの造り、結婚式も七五三も関係無し
祭りごとはあるらしい 茅の輪くぐりも ゆく年くる年の神事も
誰が支えているのかな 氏子って…人どんどん入れ替わってる様子なんですけど
したたかに?ありのままに?昔からありましたよ…って感じ
不思議な格調・貫禄・雰囲気 したたかな京都の神社
よそ者としてやってきて 驚いて 愛しちゃいました。
此処に居着いてしまうとは思いもしていませんでした。
ふらふら?動く人だと、生き方の変化楽しみそれに合わせて動く人だと
住んでるうちに 困ってきました。
あまり好きになったらいけない 愛着は身を亡ぼす?まではいかぬとも辛くなるぞ
言い聞かせ言い聞かせ 別れの時出立の時に心そなえねば…目をつぶって暮らしました。
かりの土地 かりの家 かりの生活 そのつもりだったのです。
境内の濡れ縁にすわりこんで過ごす時間過ごした時間
一番好きな時間なのかもしれません
出立の時くるのだとしたら 胸にこたえるのはこのひとときの消失なのかも
いっそ このまま 茅の輪くぐりながらけっつまづいて…コロリ
なんどすて この茅の輪くぐりは無病息災や厄除けを祈願の神事どすと
神の御かごに反する失礼な願い事でしたね。
撤回です。 このまんまがいいです。
神さん こんにちは お元気ですかあ
ご挨拶続けることにいたしましょう。
写真No.209:6/28:ぶどう
ぶどうです 京都植物園にブドウがあるとは知りませんでした
どこにあるか興味があれば探してみてください
とは言え京都植物園は結構広いです
朝晩はまだ涼しいですが 昼間は暑くなってきています
最近はちょっと外を歩くだけでグッタリです
ブドウを探して京都植物園をウロウロするとくたびれるでしょうが
頑張ってください
さて昔はブドウと言えばデラウエアで小さいくせに種があって食べにくかったです
で最近はデラウエアは食べなくなりました
種なし巨峰とかシャインマスカットとか もっと最近では長野パープルとかです
このところのブドウの技術進歩は凄いです 日本も捨てたものではありません
そうなんです
日本は世界の様相をすっかり変えるようなイノーべーションは苦手ですが
ちょっとした技術進歩は目を見張るようなものがあります
パット思いつくだけでQRコードや白色LEDやリチウム電池など数知れません
日本人の発明がなかったら世界の人々はかなり不便だったと思います
アップル社が発明した事になっているスマホでさえ
日本ではドコモがiモードでやってました
iモードは携帯でインターネットを出来るようにしたものです
アップル社は携帯を大きくしてiモードを乗っけただけです
日本のような世界の文化文明の中心に位置しない国では
凄い発明をしても世界には広がらず地球的イノベーションにはならないのです
たとえば,ウオッシュレットは日本の発明でメチャ良いと思います
で 日本中に普及していますが 世界には広がっていません
現在の世界は米・西欧が中心で回っていますので日本が頑張っても無視されます
と言うか日本が頑張ったりすると米・西欧がひがんで足を引っ張るのが普通です
自動車でハイブリッドの普及を邪魔したのが良い例でしょう
日本にとって無難なやり方は努力し進歩するが世界の中心は目指さないことでしょう
地球的に見てもユーラシア大陸の端にある島国ですから世界の中心になるのは難しいです
葡萄 甘いかすっぱいか
葡萄の甘さって独特 極限の甘さって思うのはわたしだけかな
その甘さへの途中経過のすっぱさ 味わい深い?
老いました。苦労・努力いやなのです。
もうねえ 今だけで十分というか今だけでも過分すぎる。
何の話? はい日本人の才能の産物 賢すぎる産物 話がうますぎる産物
QRコード見苦しい LEDありがたいんだろうねえ リチウム電池なんだったっけ
ウオッシュレット故障したらどうしよう ハイブリッド関係ないね
特に怖いのが…何の話? はい 携帯っていうの?スマホっていうの? あれです。
そろそろ新しいものに買い替え無くては…宣言され・脅されているのです。
4,5年前買いあてがわれた時も嫌な・不吉な予感 でも私は今より4,5年若かった!
今からの人生の基礎となる・必要不可欠の産物 携帯とやら
これだけは何とか使えないと 生活できない時代になるのだろうな。
一念発起・一年集中・マスターするぞ!
一年 楽しくなかったあ すこおし使えるようになったとこで
まあこんなところで・・・まあ あとはぼちぼちと・・・
3年目以降 写真撮るくらい 天気予報見るくらい 今から帰るの電話くらい
魔法の小箱?皆さん一時も手放したくないらしい・わが命!しがみついてるなあ
配偶者さん 宣言なさったら そうなるのでしょう。
新種とやらのバージョンアップとやらの革命的利便性アップとやらの
必死の決意奮い立たせて(出来るのかなあ)
一年限定の集中・マスターするぞ(嘘っぽいなあ)
ああああ わたしのよぼよぼのよれよれのそして楽しい
今! この毎日の時間よ!
葡萄甘いか酸っぱいか
甘さへの途中経過の酸っぱさ 味わい深いのでしょうか
そうでありますように そうでありますように
写真No.208:6/21:時計草
ここに時計草が登場するのは2回目です
今回の時計草は3時40分頃を表示しています
夜中であれば丑三時ではないかと思いますが
調べていませんので違うかもしれません
何故そう思うかと言えば 午前3時40分頃にはほぼみんな寝ているからです
最近一時期ですが不眠症になっていました
だいたい11時過ぎにはベッドに入るようにしていたのですが
2時前までは普通に起きていていたんです
2時頃まで寝られないのが普通でしたが
どうゆうわけか3時過ぎてからトイレに行ったことは記憶にありません
不眠症と書きましたが 明くる日は朝から元気でなんともありません
不眠症の翌日は一日中しんどい感じがするはずなのですがそれがありません
朝起きるのは7時前ですので不眠症と行っても4時間以上寝ているようですので
実際はそれで寝足りているのでしょう
人間歳を取るとそれほで寝なくても良いらしいです
その不眠症らしきものも最近は解消しています
不眠症で一番困るのは夜中に布団の中で退屈することでしょう
誰でもそうだと思います なにかするわけにも行きませんのでだだもだえます
起きてしまうと もう若くありませんので 翌日に応えます
仕方が無いのでうつうつともだえるのですが
慣れてくると頭の中でいろいろ考えることで時間を潰すようになるようです
かく言う私も 自分が主人公のSF物語を考えたりして時間を潰していました
100光年離れた星までたったの数時間で行ける宇宙船を開発して出かけるのです
その宇宙船の構造を詳しく考えるだけでとても時間がかかりますので
いくら不眠症でも時間が潰せます
それに夢の中で考えていますので翌晩にはすべて忘れていてまた、やり直します
我が宇宙船は永久に完成しませんが 所詮不眠症対策ですので問題ありません
不眠症がなくなった現在では
今は昔の物語
と言うべきか それとも
今は 未来の 物語
でしょうか
以上 時計草 にまつわるお話でした
小さな集まり 部屋に入るや否や
ねえ 凄いの見つけたよお 木にブラシがぶら下がってるの
花らしいのよ もう瓶を掃除するときのあのブラシそのものなのよ
もう もう あきれたあ どういう植物なのかなあ。
ボトルブラシ・・・声が返ってきました。
そう そうなのよ ボトルブラシそっくりなのよね。
ああ ボトルブラシだね・・
そうだよねえボトル洗いのブラシだよねえ…なんて名前なのかしらねえ。
だから ボトルブラシ・・・ ?…?…? ・・・!
ゆっくりの理解 誰が見ても瓶洗いに使うブラシにそっくりの花
その花の名前は ボトルブラシ(ブラシの木)
あきれたのか 納得したのか ぐうの音も出なかった花との出会いでした。
トケイソウという花があると知ってました。トケイソウに出会いました。
知っていてもやっぱり驚きましたよ。
時計そのまんまが花として並んでいるのですから
秒・分・針・目覚ましの針 全部そろってる様子 お洒落な色・模様.縁飾り
完成度高い高すぎる。100人そろって時計だあトケイソウだあとなるのでしょう。
もう 笑うしかないわいなあの巻
面白いし 可愛いし 綺麗だし 多花生だし つる性だし
つる薔薇で失敗した柱にからませるつる性の花探してる頃でした。
心揺れたのでした。 取り入れませんでした。
時計は時計でも どう見ても目覚まし時計に思えてね。
柱に絡んでの時計の群れ・目覚まし時計の柱時計
騒々しすぎるではありますまいかっとね。
そのものずばり・・・の仲間たち
ネジバナ サギソウ チロリアンランプ 胡蝶蘭
タイツリソウ ダイモンジソウ エンジェルトランペット
あっ オジギソウもあったな。
なにかに似てる…探してしまう…人の持つ性向でもあるよね
写真No.207:6/14:紫陽花
また紫陽花の季節になりました
この写真の紫陽花は我が家の東側の庭に咲いていて居間からでもみることができます
だいぶ前ですが紫陽花を見るために伊豆に行ったことがあります
新幹線で静岡に行ってそこでレンタカーを借りてフェリーで伊豆に向かったのです
フェリーからは富士山を見る予定でしたが 雲のため それはかないませんでした
伊豆半島に到着し その南端にあるホテルに向かいました
このホテルは伊豆半島の南端にあって広告写真によれば部屋からも太平洋が一望できます
ホテルに到着するとラッキーにも大潮で海が極端に引いており
眼前の海岸はたぶん100メートルほど海底が表に出ておりかなりの壮観でした
普段は海底でちゃんと見れない海藻などがつぶさに見ることができました
とは言え旅行の目的は紫陽花でしたので
海から出た海底で遊ぶのは紫陽花を見た後にしようと決めて
紫陽花で有名な丘(と言うか山)に行ったのであります
紫陽花の丘は一面がほぼ満開の紫陽花が咲いていてすばらしかったです
その後2,3カ所観光スポットに行った後大潮を海底を見ようと勇躍ホテルに戻りました
そしてビックリ 100メートルほど海底は消えていました
大潮の海底は満潮の海底になっていたのです
海は満ち足り引いたりするのをわすれていたのです
このときほど大切なことを最後に残すという性向を悔やんだ事はありません
弁当を食べるときに卵焼きを最後に残す習慣は止めたいものです
この旅行で楽しみ損ねたのは大潮の海底だけではありません
上に書いたようにこのホテルは伊豆半島の先端にあって太平洋が一望できるはずでした
そこで,翌日の朝になって たら〜ん と言いながら
太平洋が見えるはずの大きい窓のカーテンを全開したのです
まぶしくて何も見ることはできませんでした
なんとホテルの部屋は東向きであったのです
ホテルの部屋を出るまでカーテンのすきまから何度か太平洋をチラ見しましたが
やっぱりまぶしかったです ちょっとがっかりでした
帰りのフェリーでは予期せぬ嬉しいできごとがありました
船のデッキから下を見るとカモメとおぼしきものが船と一緒に飛んでいたのです
ところが、なんかちょっと違うんです よくよく見るとそれは魚でした
魚が飛んでいたのです そんなことがありえるのでしょうか?
そうです 飛び魚 でありました
飛び魚はカモメと間違えるほど飛べるのですね これがこの旅行の花となりました
感激しました.嬉しかった!
そこで一句
相模湾 船を追いかけ 飛び魚が
私は海の子です。夏休みは午前と午後毎日二回海へ走っていましたからね。
午後の水着は部分生乾きだったりして…
石垣の角曲がって海へ一直線の道 今日の海は?・・・緊張の時
満潮の海・浜辺 引き潮の海・浜辺 全然違うのですよ。
あそびかたも およぎかたも もう全然違うのですよ。
引き潮の時は文字通りラッキー!はしゃいで熱い砂浜かけぬけて海へ走りこみます。
大潮? どぼどぼバシャバシャ走っても走っても海に到達しない
深さが増してきて走る力つきてきて でも力つきるまで勢いで進む!闘いです。
海の量に負けて 海に包まれて 笑いあって 海の子 夏の子 思い出の子
伊豆の海 大潮 どこまでも海の底むきだし 岩場もむきだし 海藻もむきだし
らしい・・・のようだ・・・全身の内外ひっくりかえるかと思いましたよ。
これは中途半端に見るものではない!見てはいけない!
近くでしっかり見て・触って・かき混ぜて・拾い上げるチャンスなのだ!
私はもう子供ではないのでした。子供もどき・大人もどきなのでした。
旅行プラン 伊豆に何しに来たの? 富士山・紫陽花が目的だったのです。
わたくしめ 表面上良い子ぶる才能に長けてる人なのです。
今海で遊んだら紫陽花の山行けないものね。海は待ってくれるもんね。
お楽しみにしようね・・・身を固め心も固く閉じたのでした。
色とりどりの紫陽花づくしの山 行き帰りは連絡船 よかったあ
さて ホテル前の海へ戻ってきました。 日はまだ高しだぞ だぞ
大潮(大引き潮)の後に続くのは・・・大満潮
あたりまえだよね。その時まで思いもつかなかった真理が目の前に
心閉じていて良かった。心まだ開きはじける前でよかった。
静かに新鮮なおさかなの回転ずしへ出かけたのでした。
記録的大豊漁のイサキのにぎりは美味しかったのでした。
駿河湾を焼津港へ渡る帰りの船で気付いた不思議な鳥 不思議な飛び方
海鳥…ではなく…トビウオ・飛び魚…発見の驚きと喜び
わたしはね 海の子
そう 花(紫陽花)より団子 ではなく 海(飛び魚)の子
紫陽花に始まり飛び魚に終わった良い伊豆旅行なのでした。
写真No.206:6/7:青空と新緑
植物園の中央にある小さい池の付近で撮った初夏の青空と新緑の写真です
6月は日陰で風でもあれば天国に居るように快適です
そのためか時間がいつのまにか過ぎて行きます 夢のように過ぎて行きます
歳を取ると共に時間は早く経過するとどこかで見た覚えがあります
なんでも人が感じる時間は歳と反比例して早く過ぎて行くらしいです
80歳の人の主観的時計は20歳の人の主観的時計の4倍のスピードですすむのです
この法則はほぼ合っているのではないかと思います
実は私どもも主観的時計に関する法則を発見しています
「主観的時計は幸せ度に比例して進む」
であります
これを実感したのが 30年ほど前に高知の砂浜で過ごした時です
午前9時前に砂浜に到着し 飛行機が出るのは午後1時前でしたので
ここでノンビリしようと思って間近に見る大海原に感激していたのです
2人ともくりかえしてやってくる大波と遊ぶのが好きなのです
この海岸で過ごした時間は人生で最も快適でhappyそのものでした
そしてフッと時計を見ると12時前ではありませんか!
我らの主観的時計ではまだ10時頃だったのでビックリしました
このときの主観的時間の経過の早いこと あ〜びっくり
もうちょっとで飛行機に乗り遅れるところでした
このときから主観的な時間は幸せであるほど早くなると知ったのです
最後に一句
幸せな 初夏の午後は 夢のごとく
植物園の緑陰で過ごすひとときもこんな感じなんです...・
六月緑の世界
我が家の庭だって一本のケヤキ 立派な緑の世界広がっています
ぼんやり庭に浸っていたら・・・百舌鳥の姿に気づきました。
気付いたのはモズのほうだったのかも わざわざ?近くへやってきて
雨どいと壁の隙間・ここに虫がいるんだよなあ…くねくね覗き込んでの捜索活動?
まあそんな隙間に虫いるんですかあ?思っていたら
すぐ横の紫陽花の植木鉢にやってきてチョコマカチョコマカ
意味ありげ? 偶然? すべてがなんとなくわざとらしいなあ
冬の枯れ芝生で雑草抜きのわたしを近くの枝から監視してたのはあなたですか?
数日後 垣根のコニファーに巣立ち準備中の幼鳥連れてきて
餌を運んでくるようになりました。 子も親もまあ大騒ぎ
君たち身を守るためには音なしのほうが・・・いいのではないの?
笑っちゃうほどのにぎやかさ
この季節は百舌鳥の子育ての時期でもあるようですよ。
百舌鳥が騒ぎまわるのは縄張り主張・敵との戦いには結構自信もあるのだそうです。
(AIからの知識です) 知ることは・・・面白くてたまらない…の巻
ご町内一帯を縄張りにしているらしいのです。
日によって?時間によって?天候によって?移動しながらの巣立ちの過程
昨日は日差しの中 ケヤキの下でお子様二羽はしゃぎまわってましたよ。
親鳥は少し離れて玄関庇の上から見守り体勢
何かの合図?あったのでしょうか お子様はサッとコニファーの中に隠れ
親鳥は餌を探しに飛び立っていったのでした。
この数年鳥をみかけることが無くなったと嘆いていたのですが
なんと楽しい出会い おもしろいったら・可愛いったら・うれしく有頂天
あっ 玄関庇の下 フンの汚れが・・・
お掃除してくれてる配偶者さんの険しい顔!
お掃除にすぼらなわたしは ぷぷぷ笑っているのでした。
六月は緑の世界 百舌鳥の巣立ちの時 全てが美しい
写真No.205:5/31:ノースポール
写真はgoogle Lenz によればノースポールです いっぱい咲いています
あんまりいっぱいで迫力があります 一本一本は温和しい花なんですが
どんなものでもたくさんになるとおっかないことがありますよね
雀でもツバメでも一羽であればカワイイな〜と思えますが
何百羽と集まるとちょっとおっかないかも(ヒッチコックの映画を見ましたので)
襲われる事は無いとしても喧しいし糞だらけで困ってしまうかもしれません
今はツバメの子育ての時期ですから道端にぼーっとたっていると
頭上とか顔の横をかすめ飛んで行くことがあります
そのツバメさんの飛行技術は凄いです
パッパッと飛行進路を変えながら高速で飛んで行きます
しかも空中を飛んでいる昆虫を食べながらですから 神業に思えます
ノースポールと言うのは日本語では北極点です
北極点の付近は海です 北極海です
せめて動かない氷があればそこが北極点と言うことになりますが
無ければ海の一点で 目印のポールも立っていません
北極点に行きたい人はなんかの方法で位置を確認するしかないのですが
昔はGPSのような便利な機械も無かったし かなり適当だったんでしょうね
しかも海の上では証拠も残せません
たぶん「俺は北極点に行ってきた」と主張すればよかったんでしょうね
実は本人にもどこが北極点かは分からなかったとはずです
どこかの場所を選びここを北極点とすると決めて帰ってきたと思います
それでよかったのです
人生のだいたいの事はちゃらんぽらんでなんとかなります
今日の写真でもノースポールと言っていますがマーガレットかもしれません
私を含めてほとんどの人にはどっちか識別するのは困難です
どっちでもよいのです 難しく考える必要はありません
人生は気楽に暮らすのが一番です できれば ですが
ノースポール、マーガレット、シャスターデージー
100人中100人が 花と言えば 花を描けと言えば 好きですか?と聞けば
ぼんやりな方は 区別もつかないまま んだね! 良いやん! 受け入れてるのでは?
あはは わが配偶者さんも・・・そんな感じではありますまいか
あはは わたしがボルボもフォルックスワーゲンもベンツも
外車だよねですませてるのと同じようなものなのかもです。
小さな活字読めなくなって本はほとんど処分してしまったのですが
若いころ?好きで大切にしていた なだいなださんのエッセイ数冊
なにかの記念のように残っているのでした。
北極星・北極点(ノースポール)はたどり着くべき目的地ではないのだよ。
生きていくときの理想?よりどころ?のようなものなのだよ。
いいかげんなわたくしめの記憶 自信ないのですが
そんな風なことが 穏やかな彼らしい言葉で語られていたような…
まあねえ
毎日は続きます。 ひとつひとつやっていくことがあります。
わたしはどんな北極星をあおぎながらやってきたのでしょうかねえ
まあねえ 言わぬが花なのでしょうよね。
あっ はっきりしてるのは いつも砂上の楼閣を見ていたようですよ。
小さいころから お前の言うことは何時だって砂上の楼閣だ!
父に叱られ 父に心配されていたなあ
これって筋金入りの砂上の楼閣者と言えるのではありますまいか!
ノースポール マーガレット シャスターデージー
いつも何処か身近にいてくれた花のように思えます。
ほれ あなたの傍にも・・・・ほれねっ!
何処ぞを見上げてぼおーっとしてるあなた
そんなあなたを見上げてくれている花たち
気付いてあげたいよね。
写真No.204:5/24:ニオイバンマツリ
写真はニオイバンマツリと言う花で香りが強いです
花らしい甘い匂い では無くスッキリ系の匂いです
春から初夏にかけて咲きますが花色が薄紫から白色に変化してゆきます
写真でもまだ薄紫色が残っているのがちらほら見えます
花としては花期が長いのでこんな花色変化が楽しめます
長いと言えば このエッセーも200回を超えていますので7月で4年ということです
以前にも書きましたが このエッセーの存在はだれにも知らせていませんので
見るのは我が配偶者とその義姉様(ありがとうございます!)くらいです
知人に知らせれば読者数はふえるしアクセス数もちょっとは増加するのでしょうが
そうすると今までのように気軽に書くことができなくなります
空気が流れるように ほぼ無意味なことを書き綴るエッセーなのであります
それでも過去の出来事を書くことが多いので そしてそのすべてを一緒に経験した
我が配偶者さんは読むたびに喜んでくれます(Thank you!))
一週間に一回写真を撮り数百文字の文章を書くだけなのですが
それでも楽しみであると共に「たいへんだ〜」でもあります
たとえば,今回であれば 今日は火曜日なのに写真を撮っていない
したがって出だしが決められない 一行も書けない と苦しくなってきます
と言うわけで 今から植物園に行って なんか写真を撮ってきます
ニオイバンマツリを撮ってきて 最初の5行を後から付け足しました
チョロイ!チョロイ!
今は木曜日の午後です 一日雨で外に出られませんので私どもはだんだん元気がなくなります
が 昨夕は 近くのホームセンタ-に行って日々草を買ってきました
膝が痛いのに 我が配偶者さんは頑張って全部(たぶん15株ほど)を植えてくれました
そこで,今日は雨の中なんども庭に出て眺めています これで元気がでます
日々草さん どうか すくすく育ってください!
日々草といってもいろんな色があるのですが
私は全体は白で中央に小さい赤い模様があるタイプが好みなのですが
どうもこのタイプを好む人が多いらしくて入手できないことがしばしばあります
が 近くのガーデン屋さんが地下鉄乗り場の横にありますので
週に3,4回は調べによることができます
今年も入手しました よかった!
日々草さん どうか すくすく育ってください!
植物園散歩 さあまず水分補給 木陰でお茶を飲んでたら
わああ 良い香り! 声が聞こえてきました。
ほんと良い匂いですねえ おもわずあいづちうっちゃいましたよ
ニオイバンマツリ 花も香りも満開なのでした。
色良し(優しい紫・白)香り良し 多花性 まとまりある低木
白い花咲く木々の季節 アジサイの季節 菖蒲の季節
もてはやされる花たちから少しはずれての異質感・距離感・調和感
気に入りました!
広くもない庭での花遊びの日々でした。
好きな花 季節の花 背丈合わせの花 チャレンジの花
葉の形・紅葉 一年草・宿根草 お日様・日陰どう好むのかの花
一生懸命妄想して 挙句の行き当たりばったりの選択
香り・匂い は 選択基準に入ってはいなかったような…
植物の放つ香り・匂い それは庭遊びの望外の喜びだったような
庭に香るバイカウツギの花 そっと匂いを確かめるユスラウメの花
草ひき 花後の整理 移植 間引き ついてくる匂い
人に好まれないらしい ドクダミの匂い ハナニラの匂い
野菊にさわると懐かしい匂い それぞれの植物の持っている匂い
みんな 大切な匂い 庭の匂い いいですよねえ
公園の匂い 通りすがりの垣根に気づく匂い
むむ 匂いの世界 すてがたし!
気に入ったニオイバンマツリ
妄想ついでに 庭に入れるとしたら・・・意外にむつかしい
この花木を生かす状況が・・・おもいつきませんでした。
植物園ガードナーさん
大好きなワレモコウと共に このニオイバンマツリ
どうぞ お引き立てのほど よろしくお願いします。
・・・ということになったのでした・・・
写真No.203:5/17:赤いバラ
バラの季節が始まりました 今回は赤いバラです
数年前のことですが 毎週バラを1本買って家に飾ってました
そのほとんどが写真のような赤いバラでした
家に一本でも写真のようなバラがあれば見るたびにドーパミンが出て元気がでます
長くもたせるため 蕾か咲き始めのバラを探して買ってました
蕾を買うと一日一日ちょっとずつ変化して花開いて行くのが楽しめます
蕾自身がカワイイですが満開のバラになる途中の姿も魅力的です.
この写真はちょっと前に植物園で撮ったものです
今日14日も見に行きましたが植物園のバラは多くが爛熟期で凄かったです
絵画で言えばルノアールのバラの雰囲気です
満開のバラを100本入れた花瓶を100個並べたような感じです
キレイと感じるよりは凄すぎて圧倒されてしらけるほど咲いていました
あっち見てもこっちを見ても満開のバラで溢れていました
1万本バラよりも1本のバラの方が魅力的とはなんかへそ曲がりな感じですが
どんなものでもあんまりたくさんあるとありがたみがわからなくなるのかもしれません
一本しかなければ感心がそれに集中するので愛着も強くなるのでしょう
毎週買っていた一本のバラもそのうち見ても感銘を受けなくり
部屋に飾ってあってもその存在を忘れるようになって買うのを止めてしまいました
人の気持ちは千変万化なんですね
星の王子さま
サン=テクジュぺリさんの世界
我が?青春の時 暗いんだか明るいんだか 確かなのか不安なのか
ごちゃごちゃ あっちを向いてもこっちを向いてもわからないことだけが確かなこと
そんな時代?意表を突き破って登場してきた王子さまでしたね。
女の子(男の子は…知らん!けど)全員ノックアウトだったような。
純な友達は あんまり素敵すぎておおっぴらには読めない!っと
御所の木陰で 少しずつ・こっそり・そーっと読んだ・・・と告白したものでした。
それほどデリケートでもない私も さもありなむ 密かに賛同したのでした。
星の王子さまに登場する 一輪の赤いばら
ここで私が語ることではないのでしょう。
だだね 今こうやって一輪のばらの写真覗き込んでみるとね
一つ世界 ささやかなのかもしれないたったひとつの世界
そんな世界が・・・あることの あったことの あるかもしれないことの
可能性の世界 そして 郷愁の世界 思わせてくれるのでした。
サンテクジュぺリ の 星の王子さま
今も読まれているのでしょうか
なんとなく なんとなくなのですが
あの時 あの時代に登場した
あの時 あの世代のときに出会った
それが 決定的に大切な事だったような
ひとにお薦めする事も出来ないような
今そっと読み直すことも出来かねるような
一輪の薔薇の写真覗きながら
星の王子さまの薔薇さん こ・ん・に・ち・は!
写真No.202:5/10:タワー・オブ・ジュエル
英語ではTower of Jewelsです.
確かに塔というか上に行くほど細いタワーの各階に花がいっぱい咲いています
写真は植物園の食堂のテラスで撮ったものです.テラスの横に咲いています
Tower of Jewelsは真冬の若い頃はタワーが無く葉っぱだけの背の低い植物でしたが
春になって気候が良くなるにしたがってタワーが育ってきます
そして初夏の到来とともに赤い花のタワーと変わって行きます
Jewelと言うのは宝石のことですから
Tower of Jewelsと言うのは宝石の塔という意味です
もし花が赤いサファイアであればメチャ高価な冠になりそうです
ちょっと見てみたいですね!
タワーで咲いているのが花であるかサファイアであるかでタワーの人生は大違いです
花であれば咲き誇っている間たぶん2,3週間はたくさんの人から
「きれい!」「きれい!」
と言ってもらえますが どんな花も時期が来ればしなびて枯れてしまいます
あんなにチヤホヤされていたのに花期が終わればおしまいです
後は引き抜かれてゴミ箱行きです
サファイアであればなんどか女王様の頭に乗って輝けます
そのあとはたぶん博物館で強化ガラス箱の中に入って暮らすことになりそうです
勿論毎日たくさんの人達が来て見て
「きれい!」「きれい!」
と騒いでくれます
サファイアの塔であればほとんど永遠に褒め称えてもらるわけです
もし「サファイアの塔」のような人生と「赤い花の塔」のような人生とどちらを選ぶかと問われれば
サファイアの塔のような人生の方を選ぶ人が多いかもしれません
人は自分の生まれる環境を選ぶ事はできません
赤い花の塔のような人生に当たった人はきっと
「サファイアの塔のような人生より花の塔のような人生の方が深みがあり生きがいがある」
と言うようなことと言ってHappyに暮らすことでしょう
それが人生と言うものです
宝石とはあまりお付き合いのない人生だったような。
それでも偶然の出合いはあったのです。
毎日通う道 有名な宝石店の目もくらむショウウインドウ
学びましたよ。 宝石ってなんて美しい!
欲しいなあ・・・思いましたよ。
装飾品としてでなく宝石箱いっぱいにじゃらじゃらと原石
ダイアモンド ルビー エメラルド サファイア 真珠
手で触りたい ひとつひとつ陽にかざして眺めたい
コレクターの気質少しあるのです。
集めた・集まった貝殻のつまったカラス瓶 並べて宝石のつまったガラス瓶
いいだろうなあああああ ひとつやふたつはお呼びでない!
娯楽・読書から知ったことがありました。
ルビーとサファイアは石としての構成?色が違うだけで同じものなのだぞ
ダイアモンドは火事で燃えちゃうんだぞ
アンデルセン童話 人魚姫の儚い最後…真珠になっちゃったんだぞ
エメラルドの瞳 エメラルドの湖面・・・美しさの極地・・・らしいぞ
宝石実は手にしたことがあるのです。
配偶者さんのお母さんが結婚指輪と真珠の指輪をプレゼントしてくださったのです。
嬉しくおもはゆい・感謝の思いつつまれました。
まあねえ
真っ黒の お洒落のセンス縁遠いわたくしめ
とりあえず台所のボード・鍵掛けておくフックに並べてひっかけていたのでした。
時々指にはめては イヒヒヒヒ 下品な笑い!
そして…危ういなっとは思ってはいたのですが…いつしかなくなっていました。
台所です フックの下 なんとゴミ箱の位置でもあったのでした。
以上ささやかな宝石にまつわるお付き合い・エピソードでした。
写真No.201:5/3:緑の池
新緑の木々が映った植物園の小さい池の写真です
映っている木々の多くは もみじです
以前にも書きましたがもみじは秋よりも
新緑の頃の方が明るい緑が晴れやかでとてもよい雰囲気なのではないかと思います
この新緑の季節に加賀温泉郷の一つに出かけたことがあります
朝 京都を車で出るとちょうどチェックインタイム頃に到着します
かの有名な山中温泉でしたのでチェックイン後一目散に温泉に向かいます
周りを新緑に囲まれた広い温泉に湯船いっぱいの透明でキレイナお湯
誰も居ない静かな温泉につかって 手ぬぐいを畳んで頭に乗せる
夢見ごごちで幸せに浸っていると耳に入ってきたのは温泉音頭
盆踊りの江州音頭と同じで これは温泉に行けばどこでも鳴ってます
歌詞の中に温泉の名前が出てくるので その部分の温泉名だけ代えます
山中温泉であれば曲の最後が「山中温泉〜〜〜」
草津温泉であれば曲の最後が「草津温泉〜〜〜」
で終わるわけです
ちなみに最後まで来ると また始めから繰り返します
「止めてくれ」と怒鳴ることもできますが 温和しい我らは我慢します
心頭滅却して耳を塞げば静かな温泉です
人生長生きすれば 気に入らんこともいろいろありますが
心頭滅却すれば大丈夫です(たぶん)
「やかましい!」といらいらするより
キレイなお湯や周りに見える新緑に没入して
「気分がいいな〜」とうっとりしているほうがhappyです
人生はポジティブに生きればHappyと理屈では分かっているのです
しかし 実行するのは難しいです
「山中温泉〜〜〜」
が聞こえてくるのです
仕方が無いので部屋に戻ると ここでも
「山中温泉〜〜〜」
が鳴ってました
落ち着いて調べると部屋の音はボリューム調整ができました
「山中温泉〜〜〜」
が聞こえなくなって静かになりました やれやれ
そこで,一句
旅先で 温泉音頭を 楽しんだ
新緑の季節 良いですね
春の花あれがいいこれがいいと目移り・部分的集中
木々の新緑始まると丸っと全部が美しい・・・好きだなあ
この時期 わたくしめ突然わめき歌いだすのです。
やまなかっ おおんんっ せえええええーーん
記憶とは面白い反応みせてくれるものです
特殊な状況で行った山中温泉でした。
新緑の真っ只中 ひとり占めの露天風呂
しみじみと浸りきれる最高のお膳立て
そしてそして 旅館中に流れていた音楽 どこまでもどこまでも
露天風呂までしっかりと 発狂するのではないかと思いましたよ
時は流れ 記憶・思い出 今は楽しくおかしく美しく懐かしい
この季節 浮上・君臨 輝きながら登場してくるのでした。
やまなかっ おおんんっ せええええーーーえんんんん
今日植物園の新緑の池 さわやかさ絶好調全身で受け止めながら
思うのですよ
いま この一瞬のこの心地よき感覚
このまんまを 心の体のどこかに留め置くことができれば
いつか それがどんな状況であれ このまんまを再現・体感できれば
かなわぬことですよね。
どんな体験・体感も記憶とかに取り込まれるにすぎませんものね。
取り出し思い出してみても 記憶・思い出の枠でることはできませんね。
残念 とっても残念無念 寂しくもあることのようです。
まあ それでいいのでしょうよね。
だって 記憶・思い出の中には とんでも!の嫌なものもありますからねえ。
そんなものは 押さえ込み そんなの知らん!うそぶいて
楽しく美しいものだけ取り出して 思い出にふける
それがよろしいようですよ。
写真No.200:4/26:シャガ
シャガを始めて見たのは京都の北にある八瀬(大原の手前)と言うところです
国道をそれて吊り橋を渡った日陰の崖に一面咲いていました
もう うん十年前のことですが 崖全体が真っ白でキレイでした
たぶん ここのシャガの子孫が我が家の庭にもあるのではないかと思います
日がほとんど当たらなくても元気に咲く花もあるんですね
その後散歩しているとあっちこっちの庭の隅の日陰に咲いていました
だいたいの花は太陽が好きで日陰では育たないのでライバルがほぼいません
よく日が当たるところは多くの花との場所取り合戦が起こります
シャガは日陰でも咲きますが 当然日向でも咲きます
つまりどこでも咲くのです
繁殖力が強いのでほっとくと庭がシャガだらけになるらしいです
私は庭はほぼ見ているだけなので詳しいことはしりませんが
シャガがあまり日向にしゃしゃりでると引っこ抜かれているようです
我が家の庭で私がメンドウ見ているのは欅くらいです
配偶者さんがこの欅のメンドウをみるのを 何故私にやらせてくれるのかと言えば
欅は背が高くてハシゴに乗る必要があるからです
ある程度歳を取るとハシゴに乗っかるのは怖いし腰にも悪いですが
まだ頑張っています
日陰と言えば昨日散歩中に太陽が熱くて日陰を選んで歩きました
とうとう暑い日が到来です
夏の走りです
まだ4月なのに
これでは7月8月が心配です
シャガは日陰にも日向にも強いようですが夏には弱いようです
6月になればシャガは庭から消えてしまいます
やっぱり誰にも得手不得手はあるようです
日陰にも日向にも強く 夏にも冬にも繁栄する花があったら
どうなるんでしょうね?
どっちを向いても同じ花ではあかんでしょうね
アカン!アカン!
京都府立植物園 何年も前から気付いていたのです。
密かに練られているらしいプラン 充実してきてるなあと。
そろそろ完成期 最高のタイミングで見たいなあと。
今年 ドンピシャリ
日陰の・木漏れ日の中 浮かび上がるシャガの花畑
もう大成功 大成功 躍り上がって 嬉しかった!
予想遥か超え おもいもつかなかった最高の極み
シャガ 一見地味と思われそうな花 なにせ日陰に咲く花
つるだか地下茎だか 無造作に伸ばしまくり庭の隅走りまくり
雑草よりましな存在くらいとして扱われかねない花
わが庭でもそんな感じで扱われていないとも限らない花
そのくせ 華やかな春の花が終わっていく隙間の時
はしゃぎまわるだけが春ではないのよ・・・
毎年 この時期に教えてくれるのです。
散歩道 古びてきた?庭のある家 もうそこは手が回らんわい
そんな感じがもろ伝わってくるような裏庭
シャガの花が 明け渡してくれてありがとう!咲きまくってました。
いいなあ いいなあ これこそシャガの正しい在り方・咲き方
そんな気がするのです。
植物園ガードナーさん きっとシャガがお好き
植物園・そこは 入園者あっと言わせる技が必用とされる場所
人の目をあまりひかない花・シャガでの技あり!見せてくれました。
脱帽 そして 感謝
実はね 植物園小さな流れの岸辺にシャガの群生育っていました。
数年じっと待ち続けてきたエリアなのです。
今年はタイミング外したらしく・・・・来年こそ きっと!
元気に生き続ける原動力 あはは こんなことにあるんだよね。
シャガ 群生? 忘れてください
一輪のシャガ 覗き込んでください。アップに耐える花ですよ。
ぱっと人を引き付けるアヤメ・菖蒲・ジャーマンアイリスの仲間ですね。
そんな仲間たちの持つあざとさのない シャガの持つ純な存在感
覗き込んだが最後 あなたを虜にすること
まちがい無し! で・す・よ!
写真No.199:4/19:黄色いチューリップ
黄色いチューリップです
黄色と言う色はちょっと変わった立ち位置にあります
たとえば,色で言えばあの人は黄色い と言われると多くの人は嫌がるでしょう
交通信号でも 黄色は注意! です
黄色が好きと言う人はちょっと変人の可能性があります
と言うわけで 車でも黄色いカラーの車は滅多に見かけません
黄色い車と言えば思い起こすことがあります
以前にここでも書きましたが これまでいろんな車に乗ってきました
最初はパブリカで次いでコロナ コンパーノ・スパイダー(ダイハツ) ブルーバード
コルト ダイハツ・フェローマックス...
そうです このフェローマックスが黄色でした 真黄色です
この車はたぶん5年ほど乗ったと思いますが
記憶するかぎり一度も洗車したことがありません
借家に住んでいたので洗車する場所が無いこともありましたが
その当時は なまいきにも
車は移動手段にすぎない それをキレイにするために時間を使うのはおろかである
と考えていたのです
おかげで4〜5年経ったときには黄色と言うよりは地味な灰色で悪くなかったのです
この車を売るときに洗車して地色が出てきたときには配偶者さんともどもビックリしました
なんちゅう目立つ色の車にのっていたんや!と思ったのです.
その後も車は足にすぎないの精神があったのですが
あるとき海外に引っ越すことになってマイカーを売ろうとしたのですが 売れません
それどころかディーラーは引き取りには数万円必要と言うのです
要するに走るだけの車は再販価格がとても低いのです
そこで,その後は一般受けするスポーティな車を買いました
その一台目がプレリュードでした この車は我が家の生活スタイルを一変しました
用も無いのにあっこっち走って回るようになったのです
たとえば,毎週のように白鬚神社(琵琶湖)横のカフェまで言ってコーヒーを飲みました
その後さらに足を伸ばして若狭湾の小浜まで寿司をいただきに行くようになりました
上等の車は運転(私)していても乗って(配偶者さん)いても快適でした
それからまもなく車で日本国中を走り回ることになったのです
居間の壁に大きい日本地図をかけて車で走った道をマジックで描くようになりました
その頃は全国制覇が目標でした
今は昔の話です
ちなみに全国制覇は達成しました!
全国制覇 乾杯!
東京近辺は例外なのですよ。車多そうなので敬遠。
ということで 九十九里浜とかいう浜辺を端から端まで歩いてみたい!
抱き続けてた夢は 見果てぬ夢への殿堂入りとなったのでした。
全国走ったその過程で助手席の私の成し遂げたこと
車酔い完全克服 乾杯!
責任感って大切ですね。責任感のなせるわざってすごいのですね。
車に弱かったのです。三秒下をむいただけでムカー
助手席 姿勢正しく キリっと前方正視あるのみ
こんな相棒 ドライブの相棒として最悪ですよねえ
日帰りドライブならなんとかやれるのですが
ほれ全国制覇となると・・・
わたし旅行のプラン立てるの好きなのです。
ルート決めて 何処に立ち寄って 宿泊地はここかな
何故か配偶者さんそれで良いらしいのです。
運転するから後は決めていいよっと任せてくれるのです。
文句言われたことありませんでしたねえ。
責任感じるではありませんか!
地図を膝に 背筋のばし 手は指は常に地図・現在地押さえてましたよ
このまま真っ直ぐ あそこを右へ あっ駐車場はここですよ
よくもまあ 大事にもならず こなせたものです。
今も信じられません。
根っから自信のない・人におまかせタイプ・ああしろこうしろ言えないタイプ
やれるじゃあないか ほめてもらえたりして 信頼?してもらえて
おだてられたら・・・・なんとやら・・・だったのでしょうね。
結果 車酔い それって何? ということになったのでした。
めでたし めでたし
あっ プラン立てただけです。
あとの 手配・段取り・予約・もろもろ実行
すべて お・ま・か・せ
まあ そんなものです…アハハ・・・感謝!
写真No.198:4/12:チューリップ
赤いチューリップです
昨年の10月に買った球根がようやく花を咲かせました
園芸を楽しむと言うことには気長に待つことが含まれているようです
近くの園芸店に行ってチューリップの球根を買ったのは半年も前のことでした
資産インフレで予算もたっぷりあったので赤色を中心に約80個購入しました
4月に植木屋さんに剪定を頼んでいましたので球根を前庭に植えることはできません
そこで,すべての球根は植木鉢に植えたのでした
ちなみに植えるのは我が屋のガードナー配偶者さんで私は見るだけです.念ため!
チューリップを植えたたくさんの植木鉢は階段の端に並べましたが
この階段は一日に何度も上り下りしますので毎日眺めていました
無事雪の降る冬も越えて葉っぱは元気に育ったのですが
3月になっても花芽が出てきません
植物園ではチューリップは花盛りなのに花芽もないのです
我が屋のガードナーさんは悲観的ですっかり落ち込んでしまい
今年はダメかと心配し始めた4月になってようやく蕾が見えてきました
しかもいっせいにです しかも蕾が出来たと思うやいなや花が咲きました
よかった!
満足ですが 一部のチューリップが寝てしまってます
べつにかまわないんですが
今は雨が降っていますのでますます寝てしまいそうです
このチューリップの場合もそうですが
人生を長生きしていますので
「もうダメだ!」と思った瞬間に目の前が開け 問題が解消する経験を何度もしています
夜明け前が一番暗い と言うやつです
何度経験しても 暗いときには「もうダメだ!」と思ってしまい落ち込みます
落ち込んでもなにも良いことはありませんので
みなさんも 目の前が真っ暗なときには
夜明けが近いんだナー 待ちどうしいな〜
と期待しましょう
上の文章から一日たって雨もやみ 今日はとても良い天気です
チューリップも魔性のように輝いています
そこで、 一句
空高く 赤い赤い チューリップ
天気が良いときの春はいいな〜 うれしいな〜
桜が咲いて チューリップが咲いて
おこちゃまからおじいちゃんおばあちゃんまで
春!納得ですよね。 四月ですね。
わたし チューリップに強い(っと思ってました)
いろんな場所にいろんな色でいろんな花との組み合わせで
失敗しようがない花じゃあないか!(っと思ってました)
得意の絶頂の分野(っと思ってました)
なのに この2,3年チューリップ手に負えない感
苦労・苦悩・疲労感 途方にくれています。
もしかしたら 日向の庭が問題なのかなあ
日陰気味の庭での花遊びで暮らしてきたので
日向の庭の花づくりがわかっていないのかもしれませんね。
日陰濃くなった庭・エネルギーかけず・シンプルに
おとなしい・静な庭に・・・(実は雑な・さぼりの庭に)
花を咲かせる感覚を失ってきたのかもしれませんね
意気込むあまり チューリップの植え方まで調べ教えにしたがったのに
なんか もう もう あわわわ・・・の現状 現実を前にしょんぼり
すこしわびしい日向の庭・チューリップの庭なのでした。
今日も日陰の庭に身をかがめ なんと隅々までわが庭よ
写真スポットとはならなそうな ありのままの庭
なぐさめられ いやされ にっこりのほっこりの
いやいやいや 負けてられないぞ
やっと手に入れた日向の庭です
目にもの見せてあげましょう!
配偶者さんはチューリップ!っと喜んでくれました。
犬散歩の方いつも楽しませてもらってますよの声かかりました。
日向の庭 そう間違ってもいないのかも・・・
日向の庭 初心者なのです。
写真No.197:4/5:しだれ桜
植物園のしだれ桜です
グーグルによればしだれ桜の寿命はとても長く数百年と書いてありましたが
このしだれ桜は二十年?ほど前に植えかえられたものです.
一代前のしだれ桜はもうちょっと赤くてはれやかでしたが
このしだれ桜は地味な雰囲気なためか 付近に余り人が集まりません
ちょっと前まではこの桜の枝の下まで行くことができて
いわゆる花見の宴を楽しむことができましたが 今では立ち入り禁止です.
それと写真からも分かりますが10年ほど前の台風でダメージを受けました
真ん中の左右にあった主要な枝が折れて無くなってしまったのです
写真を見ても無くなった枝を支えるための格子の枠組みが見えます
この桜は植物園に来て二十年?ほどですが 木の勢いが強くありません
それまでにかなりの年月を経ていた老木かもしれません
ソメイヨシノの場合には寿命はもっと短いので
かっては最高の桜スポットであったけれども
今は見る影も無いところを何カ所か知っています
諸行無常!
この文章を書いているのは金曜日ですが
京都北方面(左京区と北区)の桜は昨日今日あたりから桜が満開になりそうです
桜の名所はどこも人でいっぱいと予想されます
そこで我らは朝から開いているバーガー店で超早ランチを食べて
午前中に花見を済ませる予定です
行ってきました 植物園に! 平日でも人でいっぱいでした
新年度になって植物園年間フリーパスの切り替えが必要になったため窓口は行列でしたが
無事突破していつもの静かなスポットでノンビリしてきました
食堂の自販機のコーヒーは売り切れでしたが ココアは有りましたので いただきました
と言うわけで上々の一日となりました
明日はまた、朝から夕方まで雨の予報です さてどうなることやら...。
そこで一句
ドン雲り 買い物諦め 家ごもり
毎日外出!を心がけている私たちです
最寄りの地下鉄・バス停は大学生たちと共用です。
若い人眺めるの好きなので…数十年眺めてたらしい
気付いたことがあるのです。
コロナ前の学生たち コロナ後の学生たち
違う! 天と地ひっくり返したかのように違う!
コロナ前 わあ日本人も綺麗になったんだなあ
なんの憂いもなさそう 美形だなあ 世界に通用しそうだなあ
それにしても それにしても 身なりへの気配り半端ないなあ
高価そうな洋服 80%以上お洒落の常識?髪染めてるんだなあ
目の周りのお化粧やるんだなあ 爪もお手入れおこたりないんだなあ
すごい すごい 目の保養
費やす時間・エネルギー・経費 半端じゃあないだろうなあ
すべてが 目の前にあることがあたりまえだとすれば
日本は変ったのだろうなあ 新しい日本どこへ行こうとしてるのかなあ
しみじみ しみじみ
とりあえず日本は豊かで 日本人は幸せなんだろうなあ
コロナがやってきて去っていって
ある日愕然と気付いたのでした。学生の雰囲気が全然違うではないか
地味の極み! 髪はストレート お化粧は?してるのか?してないのか?
通学の服装 あのお それ部屋着じゃあないの?そのまま寝巻だよね
家でどんな風に過ごしてるの? そのまんまの通学 そのまんまでの学生生活
モノトーンのジャージー 同じようなジャケット リュック スニーカー
私こそ!っの気概?・みせびらかし? どこ? 見せてくはれないのかな
となりの人には無関心? 黙々と列に並び携帯に集中 その集中力・没頭力
真摯な姿なのかな? うち揃って内向的性格なのかな?
せきららなものを見せてくれない・見えてこない学生・青春像
今の日本 どうなんだろう 明日へ日本どう動いていくのかなあ
桜の季節 卒業していく 入学してくる 若者たち
青春 一番輝く・輝いてる時 それは間違いないこと
自然も若者もついでに日本もついでに後期高齢生存者も
輝き続けて行きたい・生きたいですね!
写真No.196:3/29:万両
これは万両です.千両と言うそっくりなのもあります
これは葉っぱの下に実があるので万両だそうです
1万両と言えば現在で言えば数億円になるらしいです
お金と言えば昔は我が家でも一生懸命貯めましたよ 貯蓄率が50%を超えた時期もありました
2人とも働いていたのですが その収入の半分以上をためていたわけです
平日の夜は外食がほとんどでしたが よく行ったのは学生さんが行くような安価なお店でした
魚定食を頼むとしらす干し10匹とどんぶりいっぱいのライスが来るようなお店です
ぶあついたくあんが2枚も付いていたのでどんぶりいっぱいのライスはちゃんとたべれました
この高い貯蓄率は家購入の頭金を作るためでした
ところがインフレで家土地の価格がどんどん上昇したため何年経っても足りませんでした
一時はこれではいつまで経っても頭金が出来ないと絶望しましたが
そう思ったとたんに貯金が頭金に追いつきました
人生的に振り返れば目標と言うものは諦めたとたんに達成されるもののようです
銀行から30年ローンで借りられるだけ借りて28坪の家を買いました
借金は嫌いですのでその後も貯蓄率50%をキープして7年でローン全額を返済しました
と言うわけで若い間は耐乏生活だったはずなのですが そんな記憶はありません
ローン返済後は高いレストランとかにも行きましたが
安いお店でも美味しいところは美味しいですし
高いお店でも美味しくないところは美味しくないのです
外食の美味しさは板前さんの心意気で決まると言うのが結論です
センスのある板前さんがほぼ一人で切り盛りしているお店がおすすめです
値段は万両でも千両でも百両でも1両でも関係ありません
ただし,美味しくて高くないお店の板前さんはちょっとひねくれている可能性があります
これも経験で得た一般則です
たぶん 一寸ひねくれたような性格の方が板前さんには合っているのでしょう
そこで,一句
旨かった あの店この店 思い出す
同じような昔話です
学生時代家から仕送りが届くと まずやること
1.学生食堂きつねうどん食券10枚・月見うどん食券10枚
2.電車回数券 これで学生生活サバイバル確保 一安心
働いていたころは週末以外ほとんど外食でしたね
学生?労働者?年金暮らし老世代?
彼らのための朝食・昼食・夕食 提供してくれる食堂があるのです。
家庭の味の面影 懐かしい取り合わせ 客層への配慮で成り立つ食堂
少しずつ贅沢の味・チャレンジの時代
はっきり言って 派手にやりまくりだったかも
その時々に はまり・追求するジャンル・店
発見の喜び 追求の喜び 獲得していく味覚の世界
板前さんのいるカウンター席タイプが好きでした。
それぞれの個性の板前さん 彼らにふさわしい味
板前さんのキリリの包丁さばきを眺めるのが好きでした。
まな板の横に必ず置かれている布巾 実はこれがポイントなのです。
包丁と料理人と布巾の関係
緊張漂う料理の合間 合いの手?目が何度も布巾に注がれるのですよ。
多分無意識なのではないかなあ 緊張と緩和の混じり合い
そのまなざしがね・・・とてもいいのです。
つむじの曲がったような板前さんでも 意識高そうな板前さんでも
みんな 無造作に 無意識に 目線・まなざし 何気なさげ
優しいのです 優しいまなざしなのです 不思議なまでに
まな板の上の包丁 まな板の横の布巾 そして板前さん
さあ 静かに 見守り 待ちましょう
目の前に置かれた料理 いただきまあす
何時だって 何処だって 何だって 楽しくいただけたら
万両 千両 万々歳
おいしいに 貧富の差は無し だよね!
写真No.195:3/22:ハナニラ
家の前の庭は2段仕様になっていて一番前が車庫を兼ねた芝生の庭で
その後ろに1メートル以上高くなっている中庭があります
中庭の中央には中くらいのサイズの欅(ケヤキ)が植わっていて周りは花壇になっています
その後ろが配偶者さんの部屋で この部屋から見ると中庭が秘密の花園風に見えます
長い間駐車場を兼ねた芝生の前庭の手入れは私が中心でやっていましたが
その当時のことです ハナニラが前庭の後ろの方面から浸食してきたのは!
配偶者さんはハナニラとわかっていたようでしたが私には新しい雑草でした
そこで セッセと引き抜いていたのですが抜いても抜いても生えてきます
それは種だけでなく球根でも増えるからでしょう
球根があるので手で地上の葉を引き抜いても直ぐに次のが出てきます
ハナニラ退治にはスコップが必要なようでした
そのうちに配偶者さんから
ハナニラは雑草ではない!まもなく花が咲く!大事にせよと!
の指令がきて納得し撤退したのでした
今では この季節には前庭の後ろはハナニラ畑のようでとてもキレイです
長い間芝生の前庭は駐車場を兼ねていましたので常に日陰の部分がありましたが
車を手放した結果いつも太陽をいっぱい浴びれるようになってとてもきれいになりました
退治するのが困難なのはハナニラだけではありません
台所に出没すると言うウワサの例の昆虫?も退治するのが困難と言われています
ところが、我が家では大丈夫のようです ここ数年見ていません
我が家ではゴキブリは外から進入してくるのです
夏期に窓を開けているとやってきます そこで一時はホイホイを進入路に置いたものですが
近辺の古い家が建て変わってからは それも必要なくなりました
その代わりにカメムシが侵入するようになってきました
これは移動するのに飛ぶので侵入を防ぐのは困難です
それとゴキブリほど嫌悪感が無いので油断します
カメムシさんを怒らせると大変なので これも退治するのが難しい
もっとも 怒らせると大変なのはカメムシだけではありません 注意が必要です
春始まりましたね。
車・主人公を失った駐車スペース・芝生の庭
配偶者さんは まだ少し寂し気・・・なのかも
それでも気丈に芝生芽出しの栄養撒いていましたよ。
いやあ私はね うふふのふ
この時期お天気よければ芝生に座り込んで過ごすのが無上の喜びなのです。
芝生に入り込んできた・入り込ませてきた
すみれ・たんぽぽ・れんげそう・ハナニラ・イオノプシデウム・ムスカリ
ほんと自然なこの季節にぴったりの花達です。優し気なユスラウメの花木がとどめです。
うれしくて うれしくて もう うれしくてねえ
座り込んでうっとり・ボーっとしてると
モンシロチョウがひらひらと 小さめのミツバチが羽音たててます
昨日はどうしたことかまだ冬眠中のはずなのにカエルさん短く鳴いてましたよ
春の小川はサラサラいくよ エビやメダカやコブナの群れに
今日も一日ひなたで泳ぎ 遊べ遊べとささやきながら
春 そんなに急いでこないでください いかないでください
襲いかかってくる春 迎え撃つ気力 まだ すこし・・・ねっ
今 が 永遠に 続いて欲しい・・・
そんな思いの 今日この頃 です。
ほんとはね
ゴキブリストーリー やらかしてみようかと思ってたのですが
わたくしめね トンビは食べそこなった人なのですが
熊の生肉 そして ゴキブリ食べた人なのです・・・・ああああ
以来 ゴキブリは我が天敵 絶対許せん!!! なのです。
さて そのストーリーは・・・
だあれも そんなもの 聞きたくないよねえ
可哀そうすぎる わたしのストーリー 語る日くるのでしょうか
なにっ 聞きたくもない? ごもっともとも
写真No.194:3/15:スミレ
初春の花スミレです
このエッセーは写真の花から思い浮かぶテーマを展開するのが普通です
このスミレの場合には あのメロディ
「スミレの花咲く...」
を重い浮かべます このメロディを聴くと「宝塚」と言う名前が頭に浮かびます
しかし宝塚には何のアイデアも出てきませんので
困っていると次に同じような舞台のバレエ(舞台の上で演じる方です)が思い浮かびます
具体的にはベルリンで我が配偶者さんと始めて見に行ったバレエです
演目はジゼルであったような気がしますが くるみ割り人形であったかもしれません
正面の2階席で舞台から遠かったのですが
舞台全体が見えてとてもカラフルで華やかであったと思います かなり感銘しました
ベルリンは世界に名だたる都会ですから文化的なイベントはバレエ以外にもいろいろありました
まだカラヤンが率いるベルリンフィルが存在していました
しかしベルリンフィルの演奏会は人気があって切符は簡単には入手できませんでした
実はホロビッツの演奏会もありました
そのときにはさすがに超早朝に起きて切符売り場に並びに行ったのですが
切符売り場の付近には人っ子一人居ませんでした
しかし切符は買えませんでした 遅すぎたのです
我々が到着したときにはすべての切符が売れた後でした
それで誰も居なかったのです たぶん早朝で無く前の晩から並ぶべきだったのです
ところがカラヤンのベルリンフィルは切符が買えて入場できました
当日演奏会が始まる直前に会場に行くとキャンセル切符があったのです
いつもながら ラッキーUS! でした
席は中央の後ろの方でしたがカラヤンはちゃんと見えました
指揮台の上に立っていましたが ほとんど動きませんでした
思うに 指の動きで指揮していたのか それとも以心伝心で済ませたのか
さすがのカラヤンでした(入場券も高かった!)
望外の経験に我らは大喜びしたのです
そこで,一句
指だけで 指揮をしている カラヤンは
スミレ テーマに選ばれる日がきたのですね
わあー 縁なさそうなのに どうこなすのかなあと思っていたら
上手にかわして・・・お見事
カラヤンもびっくりのお手並みでしたあ
風吹けば 桶屋が儲かるそうですね。
スミレ花咲けば カラヤンさんの指から音楽の花開く!
わたしはスミレに弱いのです。首根っこ押さえられてるような感じかな
花として 特別に美しいとか可愛いとか魅了されるとか とかとか
そんなことでもないのだと思います。
ただ 目が心が探し出してしまうようですよ。
意外な場所に 隠れた場所に 人混みの街の舗道にも
スミレ咲いてるの見つけ出す わたし達人かもよ!?
庭にいて欲しいのです 花壇の花ではなく 家の庭にいて欲しい
あれやこれや 何年も努力はしてきたのかもしれません
今 日陰のコーナーに匂いスミレが 砂利の通路に山からのスミレが
芝生の中に・石段の隙間に道端からのスミレが
少しづつ違った すみれ色 すみれの形 すみれの塊り
ありのままに 当たり前のように 咲いてくれるようになりました。
ほらスミレよ ほらスミレが咲いてるよ ほらスミレが可愛いね
指さし続けて幾十年!
我が家のスミレ 今週の写真に選ばれることになったのでしたあああ。
あはは あはは 高笑い なのです。
(スミレ よりも すみれ が好みです)
写真No.193:3/8:梅
梅が最盛期です.植物園の梅林でもたくさんの梅の木が花を咲かせています
いつもは静かな植物園でも梅林の付近は人だかりです
梅と言えば日本人なら直ぐに梅干しを思い浮かべると思います
そうです あのしわくちゃで酸っぱい梅干しです
子供の頃から長い間 梅干しの酸っぱさが嫌いで梅干しはほとんど食べませんでしたが
最近は食べるようになりました
なんと 酸っぱいのが美味しく思えるようになったのです(歳と共に好みも変わります)
我が家では梅干しは釜揚げしらすにまぶしていただいています
釜揚げしらすはカタクチ鰯を熱湯でさっと塩ゆでしたものだそうですが
本体は体に良いと言われている鰯です(一人当たり数千匹です)
だいたいのケースでご飯を卵かけにしてその上に梅干し釜揚げしらすを載せていただきます
こうすればタンパク質もカルシュームもいっぱいのほとんど薬のような食事となります
ちなみに我が家では 食事とは薬なり という哲学があります 薬膳の精神です
病院に行くのが嫌いなので食事で健康を維持しようという企みなのです
夕食では毎日サラダを食べますが ここでも健康第一の内容です
プリーツレタスにスプラウトを混ぜたものの上にトマトとカマンベールを載せたサラダです
トマトとカマンベールは電子レンジで3,4分暖めます
トマトは暖めると細胞が破損してリチンが吸収されやすくなるそうです
これだけ食べてまだ何か食べれそうなら冷蔵庫からモズクを取り出してきてツルツルと
いただきます
海藻も健康に良いと言われているようです
こんなに努力しているのですから歳の割には元気なのではないかと思います たぶん
このエッセーでも書いていますが元気を保つため毎日歩いています
雨が降った日は30分ごとに玄関に行ってドアを開けて雨が止んでないかを調べます
少々の雨ならば散歩を敢行しますが そんな場合には我らの最高速度で歩きます
我らの最高速度と言っても後期高齢者ですから速くはないのです
そこで一句
クヤシイが 大急ぎでも 追い越され
梅よ桜よと 心あわただしい春となってきましたね
桜伐るるバカ梅伐らぬバカ こんなおまじない?浮かんでくる頃
なぜなの?(AIで聞いちゃって知ってるけど)
それはともかく
梅は丈低いのが良いと思いませんか?
梅の花 なんだか一つ一つ覗き込んで欲しそうな花
一つ一つ覗き込んでみたくなる花のような
梅一輪一輪ほどのあたたかさ(服部嵐雪さんも)・・・ねっ!
桜ゆったり大ぶりの木が良いような
ゆったり見上げ包みこまれてみたくなる花のような
願わくは花の下にて春死なむ(西行法師さんも)・・・ほらねっ!
たんぽぽ ひとつひとつの顔のぞきこむのが好きです。
こんにちは こんにちは 可愛いあなた大好きですよ!
同じころに花咲かせる春の空の色のイヌフグリ
群れて咲いてる花姿が大好きです。
春だねえ いいお天気だねえ 君たちも嬉しいんだねえ!
花とのお付き合いのありかた
些細な事なんだけど
些細な喜びっってほんとはとっても嬉しい喜びなのよね
写真No.192:3/1:クロッカス
我が家の庭に咲くクロッカスです.
この他のにもスミレやクリスマスローズなど真冬の花が咲いています
厳寒期でも咲く花なのですが今年はそれほど寒くなっていません
この10日ほどは最高気温が10度を超えています
昨日はとうとうダウンコートを止めて春のコートで外出しました
2月4日が立春なのだそうですから暖かくなっても不思議ではないのかもしれません
最近は気温の変化に対応してコートを変えるなどしていますが
20代から30代は一年中ほぼ同じ服装で過ごしていました
たぶん車に乗っていたからと思いますが
それにしても寒さや暑さに強かったのですね〜
今は昔です
ちょっとでも寒いと嫌がるようになって暖房費が大変です
そのくせ狭っ苦しい部屋は嫌いなので
広々した部屋でガスストーブをガンガン焚いています
なんたる無駄遣い!
良いのです
我ら2人とも広々した暖かい部屋が好みなのです
しかもyoutubeによれば暖かい部屋はボケ老人を防ぐらしいです
このエッセーを載せるのは予定では3月1日です
3月はもう春です
嬉しいです
さらば!冬将軍さん
春よ!こい!
来ることが分かっている春 ですよね
わかってるからこそなのでしょうね
この季節 心は複雑怪奇 もてあます時期です。
春 始まったらもう止めることできない時の流れ
どんどん ずんずん 流れ進んで行く・・・もう止められない
冬の木立・たたずまい 心合わせての平穏な黙想
永遠に近い?感覚に浸れる瞬間
ふと気づくと終わっていました。
開演のお時間なのでした。
あれよという間に クリスマスローズは豪華です。
植えっぱなしのクロッカス、ハナニラ 小さく咲き始めていました。
枯れ色の芝生の根元 隙あらばと隠れていたスミレ、雑草
存在の主張開始
あれよ あれよ
春の水の 流るるものを追っかけてゆく
種田山頭火さんですよね
納得 そして にっこり
スノーフレークの濃い緑の葉もしっかり伸びてますねえ
さあにっこりの春 眺めて過ごしましょう。
春の水 流されていきましょう。
追っかけていきましょう。
写真No.191:2/22:スイセン
スイセンです.背景にはスノードロップも咲いています
寒い厳寒期に咲く花としては日本海特に越前海岸沿いの水仙が有名ではないかと思います
と言うわけで何回か冬期に越前海岸に出かけましたが
いずれも花は終わっていてたくさんの茎のみが むなしく突っ立っていました
残念でした
まあ長く生きていれば残念なことの1つや2つはあります
振り返って見て人生一番残念なことはなんでしょうね?
何も思いつきません
強いて言えば 車の免許更新が出来なかったことでしょうか と言うのも
最後に乗る車としてメチャ高価なベンツのスポーツカーを買いたかったからです
目が悪くなっていますのでそんな車を買ってもほとんど乗らなかったと思いますが
家の駐車場に駐まっているのを見るだけhappyになったことでしょう
車が無くなって日当たりが良くなり芝生が元気になったと配偶者さんがhappyそうです
私も車が無くなり運転しなくなって緊張する時間が無くなりました(車は危ないです)
毎日ぼんやりと青い空を眺めたり白い雲を眺めたりしているだけです
このぼんやりとした人生を楽しむことこそが退職後の醍醐味ですから
免許が更新できなかったのは人生の快事であったかもしれません
何事にも悪い面があれば良い面もあるものです
さて残念なことランキングに戻ります 次は2番目に残念なことです
なーんも思いつかないな〜
強いて言えば とてもおいしいと思っていたホテルの朝ご飯のバイキングが
期待外れであったことでしょう
なんであんな食事を最高においしいと思ったのか不思議でした
残念でした
20年ほど前に何度か泊まった高級ホテルの朝食が最高においしいと思っていたのです
これはホテルの朝食のレベルが下がったと言うよりは
私どもの食べ物に対する要求レベルが高くなったためと思われます
喜ぶべきか悲しむべきか 難しいところです
年を取ってさまざまな経験を積みいろんなことを知るにつれて
感激することがなくなってきます デジャブばかりだからです
残念なことランキングですが 残念なことにもうありません
ラッキーミー!ガーディアンエンジェルさんが頑張ってくれたのです
それとも
ボケ老人 残念なことも 忘れはて
こっちの方が正しいかも...。
質実剛健を掲げる父。
良いことよね!でも固まらず楽すること・快楽も良いことよ!の母。
理想的な家庭・・・なのでは・・・子供たちはすくすくと
そうはいかなかった例 ここにあり。
ケチなのです。靴下穴あくまで(あいてても)平気です。左右違ってても平気です。
寒い部屋 暗い部屋 低体温 貧血気味 ボーッっと
いい加減にしなさい・・・ 世の中は私に甘いらしい
新しい服が暖かい部屋がおごちそうが なぜだか降り注いでくるのでした。
その心地よさに溺れ その後ろめたさにおののき
安定の中心点みつからないままの人生でした。
一体何の話? はい 水仙の話なのです。
春 チューリップなどの華やかな花達 それより少しだけ早くに咲きだす水仙
好きなのです。 庭に咲いて欲しいのです。
球根 そんなに安くもありません。球根植物です、毎年咲いて欲しいのです。
へぼガードナー 二年目からもう寂し気に 三、四年、葉ばかりの塊へ。
栄養?植え替え? 年々貧相に・・・つくづくのへぼガードナー
蕾もたげない緑の塊 ながめながら思うのです
来春 もし私に来春があるのなら この秋にはきっと・かならず・見てるがいい
年金はたくぞ 球根買いまくるぞ 植えまくるぞ
春には水仙の花の群れ 輝くぞ 輝かせるぞ
毎年 同じ事言ってるなあ 決意表明してるよなあ
この秋 来春の春の庭めざして 水仙の球根植えこむ私はいるのでしょうか。
まあまあまあ どおなんでしょうねえ
もしかして この私のケチ(質実剛健魂ということにして)が足ひっぱって
配偶者さんのベンツの夢 壊し続けてきたのかも
すまなかったねえ・・・
からになった 駐車スーペース 芝生のスペース 眺めながら
二人の夢は かけめぐる・・・・の巻。
写真No.190:2/15:雪だるま
京都でも雪が積もりました。10cmか15cm程度です.
雪が降った翌日でも我が家付近は雪が残っていて危ないので
駅までタクシーで行こうとスマホのアプリで呼んだのですが
「付近にタクシーはありません」と表示されて乗車拒否されてしまいました
そう言えば昔「雪が積もったら危ないので出社しないで家にいます」
とタクシーのドライバーさんが言ってました
かくして2日間に渡って家に閉じこもって暮らすことになりました
活動的な我が家としてはとても珍しいことです(まだ元気なのです!)
まあ おかげさまで確定申告の書類が完成しましたのでよかったです
確定申告は最近ではずっとしているのですが
税や保険の制度が頻繁に変更されるので毎年戸惑ってしまいます
何故苦労して確定申告するか言えば配当を申告するかどうかがややこしいからです
配当を総合課税で申告すると
住民税、医療保険料、介護保険料、高齢者交通パス料金なども増えます
これらをすべてを考慮して確定申告するのとしないのを比較し
どちらを選ぶかを決定するわけです
これらのすべての制度が変更されていないか毎年調べてから確定申告するのです
昔であれば調べると言っても不可能だったと思いますが 今はインターネットがあります
googleとかyoutubeで調べれば必要な情報はたちどころに入手できます
最近はAIがあるのでますます時間が掛かりません
とは言えやはり数時間かかりますので雪が積もって出かけられない日があれば助かるのです
今年の場合には配当を総合課税にする方が支払いが少ないと言う結果でした
たいした金額ではありませんが毎年のことですから雪だるま式に増えると思います
どうせ雪籠りで一日中ぼんやりしているのですから確定申告と格闘するのも悪くありません
エクセルでシミュレーションしているのですが字が小さいし内容もややこしいです
たぶん最近は休ませすぎな頭を動かすので認知症を遅らせる効果があると期待しています
ですが「欲ボケ」と言う言葉もあります あんまり欲張ると認知症になるのでしょうか?
そこで一句
欲ぼけで 頭がかすみ 目もかすむ
これはなかなか切実な現実です
南国生まれです。雪が降ると積もると嬉しいのです。
外に走り出て 手形足型つけまくり 雪の玉投げまくり
車走らせて(もらって)雪景色うっとり・・・
この写真は植物園芝生エリア
若いころ直ぐ近くに住んでいたのです。
その特権: 雪だ!それ行け!開園まちかねての突進
誰もいない雪の原 走り回って雪だるま
懐かしい思い出です。若かった 楽しかった
まあほんと若かった
雪が溶けてタクシー呼べてやってきた今日の植物園
ホットココアで温まりながら・・・この眺め
わああっと 楽しい思い出話 ひとしきり
そして
今 パソコン この写真ながめていると
なつくさや つわものどもが ゆめのあと
ささやいたのは 芭蕉さん・・・あなたですか?
兵どもが夢の跡・・・ふーっ 風? ため息?
写真No.189:2/8:ロウバイ
ロウバイです.漢字では蝋梅と書きます
梅のようにに見えますし梅と言う漢字が入っていますが
バラ科のウメではなくロウバイ科の植物だそうです
「ろうばい」と聞くと「狼狽売り」と言う言葉が思い浮かんできます
これは株価が下落したときに急いで持ち株を売ってしまう行動を表します
これとは対照的なのが「塩漬け」です
これは株価が下落した場合にいつまでも保有し続ける行為を表します
要するに株価が下落したときにさらなる下落を避けて売れば狼狽売りで
いつか上昇すると希望して保有し続ければ「塩漬け」です
いずれにせよ株価が下落するような会社の株を買った行動が誤りだった訳です
狼狽売りと同じような行動に「損切り」があります
これも株価下落時にさらなる下落を避けて保有株を売る行動を表します
パッと見た目には「狼狽売り」と「損切り」は同じ行動を表します
違いは「損切り」では落ち着いて行動しているのに対して
「狼狽売り」では予想外の損失に逆上して行動していることです
実は私も「狼狽売り」をしたことがあります
どこかの産油国で内乱が起こったというニュースを聞いて
直ちにすべての持ち株を売り払ったのす
が 予想に反して株価は産油国内乱には反応しませんでした
私の行動は「狼狽売り」の見本のようなものでした
ところが、それから数日して日本で大地震が発生して株価は大暴落しました
日本中の株式保有者が突然の損失に呆然としているときに
私は「なんたるラッキーミー!」と呆然としたのでした
この経験から株価は予想できないと確信するに至ったのです
株式投資はガーディアンエンジェルが付いている人だけがやるべきです
ガーディアンエンジェルが付いているかどうかは人生を振り返れば分かります
私には付いてくれているのですが
あなた!あなたにはガーディアンエンジェルが付いていますか?
はい ガーディアンエンジェルここにあり!あった!のであった。
もう暇さえあれば庭に屈みこんでいました。 挙句膝痛め・・・
寂しく茫然 古びた錆びついたガーディアンエジェルここにあり。
なに?花の株・ガーデニングの話じゃあないのですか。。。あら失礼!
真冬 この季節になるとすこし緊張します。背筋のばして待っています。
蝋梅(ロウバイ)の季節だと知っているからです。
この花に関して わたし少し小うるさいのです。
キョロキョロ探してるようで 探さないのです。
その時 やってくるの知って(待って)いるからです。
その不意打ちの一瞬 蝋梅と出会う一瞬
待ち構えているくせに 必ず 狼狽の一瞬
そして ああ蝋梅なのねえ
むちゃくちゃ嬉しい再会の時 ためいきのひと時
笑ってしまいます。なんでこんなに好きなんでしょうねえ
好きになる・嫌いになる・気にも止まらない
出会い方にあるような
自分で選んだのではない "そのとき”
あるがままに受け入れてしまう そんなことかなあ
熟慮・考慮・思い直し・努力・再発見
まあ新しく出会いのやり直しということもあるのでしょうがね
多くの場合 まず受け入れといて後からその理由づけにいそしむ
そんなことも多いような気もします。
いいのです。
蝋梅 最初に気づいた時の衝撃・狼狽 そのまんま
もうお歳です・・・もうなあんも考えず
蝋梅 好き! 好き! このまんまでいこう
時は二月 蝋梅の下 世は全てこともなし
写真No.188:2/1:紅梅
3週続けて寒梅です
相変わらず寒いですが 梅の花は だんだんと咲始めています
梅というと「梅チャン」と呼ばれていた黒猫を思い出してしまいます
宝ヶ池公園の駐車場から公園に入る奥の入り口の付近でよく見かけたものです
駐車場が近いですから 頻繁に人がやってくるのですが
人を怖がらない猫でしたので よく撫でられていました
ベンチに横たわって泰然としていたのですが いつの間にか居なくなりました
ちょっと残念でした
日本の猫は人に対して用心深いです だいたいの猫は近づけば逃げます
餌をもらえるとわかったときだけ近づいてきますし
2,3回餌付けをすれば 背中とかをなでなですることも許してくれます
しかし 梅チャンのような人なつっこい猫は日本では珍しいです
これに対してイスタンブールの猫は人懐っこいです
猫は人間を怖がりませんし人間はむやみに猫に触ったりしません
人がいっぱい行き来する道路でもゴロッと寝ているし
極端な猫は地下鉄の改札機の上で寝ています
10cm横を引っ切りなしに人が通過しますが猫は動じませんし
通行人は猫がいることをほぼ完全に無視しています
イスタンブールでは地域猫がいっぱい居て皆で飼っているようです
日常的に猫があっちこっちに居るのでいちいち気にしないと言う感じです
イスタンブールと日本では猫の性格が非常に異なるようです
トルコに比べると日本では猫に対する思いやりが足りないような気もします
イスタンブールの猫はおおらかでとても幸せそうですが
日本の猫は神経質そうでびくびくしているように見えます
意外と猫は日本人と相性が悪いのかもしれません
そこで一句
サンマ焼き 猫に取られて 塩にぎり
なにい 猫にサンマ取られて逃げられたああ
そんな方はまあ塩おにぎりでも食べるのが あるあるなのでしょうね。
晩秋 中庭にコンロひっぱっての焼き魚 鯛!
手のひらサイズの小鯛 焼いて酢醤油に漬けこんで・・・
ふるさと?お正月の一品だったのです。やってみようかな・・っと
おだやかな午後
ミャオ 聞こえたような? みゃお 応えてみました。
しばらくして ミャオ おや みゃお
ミャオ みゃお ミャオ みゃお ゆっくりの時間
変化球 みゃあ お魚の匂いしますよねえ 鯛焼いてるんですよ
ミャー
みゃあ 可愛いお声ですねえ お顔はみせてくれないのかな
・・・ 壁のはじっこから ちいさく顔みせてくれました。
みゃあ あれこんにちは ねこちゃんなのですね
お魚焼いてるこれがわたしなんですよ
ミャー ・・・ 中庭塀の上 ゆっくりの往復 ゆっくりゆっくり
これがわたしなんですよ 全身姿みせてくれるのでした。
ミャー みやあ の会話は続き
そこへ 帰宅の配偶者さん
振り出しに戻る
メンバーそろっての一からの再スタート
おだやかに晩秋の午後
海老で鯛を釣るの さらに上 鯛で釣れたのは・・・のお話でした。
キジ猫 ミャオちゃんとの24年のお付き合い 始まったのでした。
写真No.187:1/25:紅梅
白梅に続けて紅梅です
このところとても寒い日が続いていますが 梅の花は ちらほらと咲いています
厳しい寒さに負けないで咲くので逆境にも負けないところを称えるのでしょう
確かに逆境に負けないで頑張る人は凄いですね いたら応援したいです
逆境では人間はそれに堪える必要がありますが
その結果 人はどっかが変わってしまいます
逆境が短期間であったり逆境のおおもとが心理的に遠くのものであればいいのですが
間近で長期間続いたりすれば 残念ながら相当な影響を受けます
その影響は良い面もありますが悪い面もあるのが普通です
その影響で性格も行動も顔つきも変わって行きます
悪い面の一つは「私は不幸だオーラ」が出てしまうことかもしれません
幸せオーラも不幸オーラも伝染性がありますので
人間は不幸オーラを出している人と一緒に居るのは好みませんし
サポートしたり応援したりすることも少なくなります
「私は不幸だオーラ」を出している人は幸福になるのは難しいのです
では逆境と思われる状況になったらどうすれば良いか?
可能な限り逃げることです それが出来ないなら忘れていることです
言うのは簡単ですが現実には簡単には忘れられないですよね
それでも できるだけ楽しいことをして気を紛らわせることです
つまり逆境でもできるだけhappyになることです
とまあ分かったようなことを書いていますが
自分は逆境のときどうしたかって?
忘れましたよ きれいさっぱり!
そこで一句
ぼけ老人 明るい未来が 待っている
赤い鳥小鳥 なぜなぜ赤い 赤い実を食べた
こんな歌 幼い日々から聞こえてきませんか?
それはともかく
冬の佇まい 赤い実あっちにもこっちにも目立っています。
歩き回る動き回る動線狭くなってきました。
お定まりコース お定まりの周日 お定まりの時間
見えてくるものが・気付いてしまうものがあるようですよ。
南天の実 万両・千両の実を始め 名前も知らない木々
こんなにたくさん赤い実つけてる木々あるなんて・・・
今年 おどろきのそして嬉しい発見なのでした。
冬に赤い実 なんてお似合いなんでしょう
雪が降れば もうパーフェクト なんてチャーミング
赤い実の世界 にっこりの世界
そんな中 植物園梅林 紅梅咲き始めました。
いいですねえ いいですねえ
紅梅 幼げな赤い実の赤とはちょっと違うのですね
さすがうめぼしの母!?! 品格ありげな香り・奥行きのある紅色
わたしだってね 真っ赤なちゃんちゃんこ着る年はとうに過ぎましたからね
ぐっと渋め この紅梅の色に似た ダウンジャケット着てるのです!
なに 梅干しの色! うめぼしばばばばば・・・
そこのあなた 失礼ですよ!
写真No.186:1/18:寒梅
この季節に咲き始める花は少ないので昨年に続き寒梅です
昨年は2月9日分で使ったのですが まだ蕾でした
今年は植物園に数多くある梅の木のうち一本だけ早々と咲いています
梅は派手な花ではありませんので遠くから見ると気がつかないかもしれません
が 近付くと実に愛らしい花を咲かせています
メチャ派手な桜さんにもちょっと見習って欲しいくらいです
この感想はウソです
梅は梅の良さがあり 桜には桜の良さがあります
寒い2月には梅をめ(愛)で 暖かい4月には桜を楽しみましょう
梅と桜どっちが好きかと聞かれれば昔は梅と答えたような気がします
寒い寒い季節 霜柱も立つような環境で地味に花開くなんて 格好良いです
現在は 桜が好き とお答えします
暖かい季節に思いっきり派手にパッと咲くなんて気晴らしにとっても良いです
ドーパミンもいっぱいいっぱい出そうです
ドーパミンがいっぱいいっぱい出ると人生に対して楽観的になるらしいですが
高齢になると人生の先がないので普通は楽観的になるのが難しいのです
晴れた日の満開の桜はすべてを忘れさせて明るい気分にしてくれます
政府公認の麻薬のようなものですね
写真の梅の花は昨日撮ったものですが まだ寒いのでウグイスの鳴き声も聞こえません
この梅の木以外はまだ蕾も小さく堅いのでしかたありません
春はまだまだです なにせ「大寒」もまだきていません
1月末から2月中旬が寒さのピークです
頑張るぞ ダウンコートに 包まれて
京都この冬は暖冬気味なのではないかなあ
寄る年波身体甘やかすことにしたので ぬくぬくの重ね着・ぬくぬくの部屋
無意味な外歩き排除 そのせいなのかもしれませんが
人の途絶えがちな冬の植物園
梅林に花咲かせているのは この木だけなのです。
お正月明けから咲いていたようです。
去年もこの木だけが一足も二足も先に花咲かせていたような
寒梅
本当の寒さは二月 寒さのなか梅は満開になるのかな
この梅ははやとちりの花?なのでしょうか
いずれにしろこの時期植物園に迷い込んで来た暇人?達に愛されています。
まだ堅いつぼみ姿の冴えない梅林 たったひとつの花の木なのです。
見る人も嬉しい ねっ見られてるあなたも嬉しかろ! Win-Winですね
庭の千草も 虫の音も… 有名な歌ですね。
皆に遅れて咲いている白菊が歌われています。
枯れ庭 霜に雪にめげながら めげずに・・・の白菊
ああ あはれ あはれ 白菊
人の心揺さぶる風情 あったのでしょうね。
はい 特別扱いの白菊さん 後世に名を残すことに・・・
皆に先んじて咲いている白い梅の花
枯れ姿の梅林 霜に小雪にものともせずに・・・の梅の花
ああ うれし うれし 梅の花
皆さん カメラ パチパチパチパチ
はい 特別扱いの白梅さん みなさんのフォトアルバムに
このチンチロリンのページに
後世に名を残す・・・チャンス! あはは
写真No.185:1/11:ナンテン
これは京都三宅八幡神社の拝殿の前にある柱と屋根だけの建物にあります
この建物は神楽を奉納するための神楽殿と思われます
そこに神楽の代わりにナンテンなどの生け花が置いてあるのでしょう
AIによればナンテンも幸運を呼ぶ縁起物として有名だそうです
私どもの散歩に熊が現れないのもスノードロップやナンテンのおかげかもしれません
毎日している夕方の散歩は近くの瓢箪崩れ山の裾野を巡っています
瓢箪崩れ山の登山口には 熊注意! の看板があります
熊が食べていた柿の木もまだ存在しています
昨年の秋には歩いていると近くに熊が現れたので注意してくださいと言われました
夕散歩の道からは山の裾野が直ぐ近くに見えていますので
毎夕そこに熊が居ないかと探しながら歩いています
もし熊に出会ってしまった場合にはどうするか?
幸い私どもはアルミ製の細いものですが4本の杖をもっています
もし熊さんが1m以下の小さい子供なら4本の杖で撃退できるかもしれません
2m200kgもある母熊であれば対応不可能です
スノードロップとナンテンその他の幸運をすべて集めて助かりますように!
さてこんな潜在的な危険がある夕散歩ですが我らの健康には最高です
この30分程度の散歩では前半は登り坂でかなり運動になります
頂上付近では私の心拍数は160を超えるのが普通です
人間には最高心拍数があって これは年齢とともに減るらしい
私の最高心拍数は普通の人よりは高いみたいです
その代わりと言ってはなんですが 散歩の最後の5分はよれよれです
玄関前の数段の階段を熊よけ棒に頼ってよろよろと上がっています
ナンテンは玄関に飾っておけば家内安全をもたらすらしいですが
世界を見れば あっちこっちで争い事が起こっています イヤですね
そこで一句
ナンテンさん 世界の安寧 任せたよ
近年とみに気づいたこと 鳥がいません
冬の鳥 親しかった ジョウビタキ ひよどり つぐみ
今年なんか 一羽もみてないなあ。。。 寂しい限りなのです。
一方 ナンテンの実 綺麗だなあ あちらもこちらも 豊作です
気候が合ったのかな 実を食べにくる鳥たち姿消したからかな
いたるところ たわわに赤く美しいナンテンの実 豪華絢爛です。
片目で感嘆 片目で寂しさ そんな冬なのです。
私たちは人混みだとか列に並ぶとか・・・避けてしまう性格です。
外食はいつも開店時間ねらい 暖簾上がるや否や突入!
地方のお寿司屋さん ガラリ開けてみたら 親父様カウンターでお食事中
開店前の腹ごしらえ?あれ悪かったなあ・・・
そそくさと食べ終えた親父様 ああいらっしゃい いらっしゃい
そうだ ちょっと・・・これ食べてみて・・・
握りずしの皿 並べてくださったのでした。
赤い きれいな つやのある ネタ
不意を突かれたおもてなし 素直にいただきました。
んんん 新しい味 感触 不思議に美味しい これは な・ん・だ
あははは 熊の肉ですよ 熊の手のひらの肉なんですよ
知り合いにハンター資格者がいて 特別に分けてもらったのですよ だそうです。
いろいろと 絶句! な経験でした。
そうなんです。 夕散歩のコース 直ぐ近く熊出没したらしいのです。
全国熊騒ぎたけなわ そんな初冬でしたよね。
熊 出会ったら・・・襲われたら・・・
まあ はかなくも愚かな老人として 新聞沙汰?
まあまあまあ ともかく 最後の立ち向かいの時
私たちはね こう見えても
貴方のお仲間の手の肉 生で美味しく食べた人間ですからね!
見栄を張って 胸張って 散っていこう・・・なな・・・なあんて
なあんて なにいってんねん なんてんさま 南天様
おまもりください ませませ
写真No.184:0104:しめ飾り
この家に引っ越ししてきてからズーッとお正月には しめ飾り をしています
正確には最初の年だけは門松でしたが
門松は値段が一桁高いので初年度以外はしめ飾りとなったのであります
ところが、京都の郊外を歩いても正月の飾りをしている家がほとんどありません
寂しいですね
ですが 電飾などクリスマスの飾りはあっちこっちで見れます
LEDの電飾はにぎやかで明るいので人気があるのでしょうか
それでも正月の神社の賑わいを見るとちょっと嬉しいような気がします
正月ばかりは賽銭箱も硬貨やお札でいっぱいです
神様にお願いしても望みをかなえてくれることはありませんが
お金まで出すのですからちょっと気分が高揚するのかもしれません
これは大事なことです
気分が高揚すればドーパミンが出て楽観的になってhappyになれます
私どもも年末に近辺にある八幡神社に行きお祈りした後
50円を支払ってろうそくを買い火を灯して神社に置いてきました
ろうそくを見ていたのは1分ほどですが
これで気分が盛り上がって嬉しくなりましたので50円の価値はありました
人間というものは一見するとつまらないことでもドーパミンはでるらしい
ろうそくが無料だったらあんなにはドーパミンは出ず盛り上がらなかったと思います
現在は大晦日の夜でどんべいの天ぷらそばを食べた後です
カップ麺とかは体に良いはずがないので我が家では禁止食品なのです
今日は何年ぶりかで食べたわけで我が家では ごちそう となります
来年はまた10割そばを使ったにしんそばをいただきます
これならルチンもタンパク質も魚油もいっぱいあって健康的です
明けましておめでとうございます
新年になりました 玄関ではしめ飾りが輝いています
しめ飾りは縁起物で飾っておけばラッキーなことが起こるらしいです
今年もラッキーなイベントだらけになりそうで嬉しいです
今年も一句
幸運の 来訪待ってる しめ飾り
年末:来年もよろしくお願いします。年明け:明けましておめでとうございます。
配偶者さんとは交わす挨拶なのですが・・・
この年末よそ様に挨拶する機会無しでした。
新年の挨拶も誰にも挨拶しないままになりそうだなあ
これってなんだかすざまじいことなのではないだろうか
これが我々の生きてきた・生き方の末路・ありのままなのかもしれないなあ
感じ入ってしまったのでした。
若き頃 まあね ずいぶんととんがっていたのかもしれませんね。
お正月 しきたり そんなの知らん! 関係なし! 無駄である!
というわけで 我が家のお正月の冷蔵庫には塩鮭と沢庵 これで十分!
文句はなかったのですよ。すがすがしく過ごしたのですよ。
ところがね 意味もなくなんの用もないはずなのに冷蔵庫開けてるのです。
当然の鮭と沢庵を眺めてドアを閉めるのです。んん鮭と沢庵だな。
二人ともやっていたらしい。。。 無意識に繰り返し冷蔵庫開けるふたり
私たちなにしてたんだろうね・・・
次の年 鮭と沢庵は卒業だね 鯛の味噌漬けでいこう
かりにも鯛だからね 出世ですよ!
お正月重ねるごとに 酢れんこん 黒豆 伊達巻 かずのこ 栗きんとん
あはは 増えていく増ていく 鯛の塩焼きまで登場 出世ですねえ!
そんな生意気顔の我々も 周りのしめ飾り・晴れ着姿・たこあげ・日の丸・etc.
好きでした。楽しみでした。見てるだけの参加・臨場感に包まれてのお正月
こんなものなんだよね お正月 かくあるべしなんだよね お正月 いいねえ
そんな風に年は流れ・・・後期高齢生存者
おせち料理はお取り寄せ しめ飾りもお取り寄せ
近所の八幡さんの年末・新年神事出かけていますよ。
でもね 気づいています。見てるだけの参加・臨場感楽しむだけの参加
人は変わらないのかもしれませんね
生意気な人間 生意気に生きるのでしょうね
そして 来年もよろしく おめでとうございます今年もよろしく
声かけあう人がまわりに・・・いない・・・ってことに
なんだか おかしくって 笑ってしまったことでした。
写真No.183:12/28:スノードロップ
スノウドロップが開花しているのを年内に見るとラッキーなことが起こるらしいです.
ところが、今回は写真にあるように数え切れないほどの数のスノードロップを見れました
と言うことは 数え切れないほどのラッキーな出来事が起こるはずです
しかし問題もあります たとえば,これから200個のラッキーなイベントが起こるとして
一日一個でも全部起こるまで半年以上掛かります
そんなに毎日ラッキーなイベントが続いたら もうラッキーとは感じなくなって
起こって当然なイベントとしか思えなくなるのではないかと懸念されます
たぶんラッキーなイベントはたまに起こるから嬉しいのであって
それが当然になると何とも感じなくなるかもしれません
なんか勿体ないですね
とは言え来年もスノウドロップ・ラッキーに囲まれんことを祈ります
寒波です 布団を一枚増やしました
合計布団が3枚で重たくなりベッドに入ると動けなくなりました
ほとんど布団に逮捕されている感じです
これが冬の寝床の暖かさの秘訣なので今は重たさを楽しんでいます
いよいよ年末です
なぜ いよいよ の修飾語が入るのですかね
年号が変わったからと行って別になにも起こりませんので
年末になったから どう と言うことはないのですが...。
それでも今年も金茶楼のおせちとひらめの龍皮巻きを買って
正月までの日にちを数えています
また、一句
重たさに 寝返りできぬ 寝床かな
スノードロップが一面に・・・
あなたに私に訪れるラッキーの保証が一面に・・・
どうなんでしょかねえ
ラッキー!(密かな出来事 ふっと訪れる驚きのひととき)
あのラッキーが欲しい このラッキーはまだかしら
ラッキーが輝くのは若き世代の特権なのでは?
夢希望野望 目白押しですものね
意欲し努力もしているあなた あなたにラッキーはお似合いです。
人生肯定主義者きどっています。
この良いところは 過去なにがあったにせよなにやらかしたにせよ
今を肯定しちゃうということは(ここまでの経過・過去も含まれるってこと)
ねっ いい気なものでしょう?
ラッキー!今思えるってことはラッキーかき集めて生きて来たってこと
ねっ いい気なものですねえ
このまんまがいい これ以上はもういいのです。
目の前に広がるスノードロップ 訪れるラッキーの保証
年内に見ちゃったけど 皆様にお譲りしたく存じます。
でも でも 見ちゃったのよねえ
ほれ 見たものは し・か・た・な・い でしょ
あはは あはは あはは 高笑いは続くのであった
写真No.182:12/21:ヤツデ
ヤツデは葉がうちわ(団扇)のような形をしていますので天狗の団扇として名高いです
天狗と言えば義経さんが鞍馬山で天狗にいろいろ教育され(噂話です)
後に大活躍するのもそのおかげのようです
結局は頼朝さんに追いかけられて日本国中を逃げ回ったようですが
最後にはモンゴルに渡ってジンギスカンになったと言う伝悦まであるらしい
youtubeで見ていると日本の高い山のいただき付近に小さい集落があったりします
最近では狭いながらも道路が通じていたりしていますが ちょっと昔であれば
完全な陸の孤島で誰もそんな不便な場所に集落があるとは思わないような所なのです
なぜこんなに不便な所に住み始めたのか 誰でも不思議に思います
そこで、登場するのが義経さんと平家一族です
ともに日本を支配した頼朝さんに追いかけられてまともな場所には住めなくなって
とてつもなく辺鄙(へんぴ)な場所に隠れ住んだと思われます
交通が発達していませんでしたので逃げる方も追いかける方も大変だったでしょうね
頼朝さんから隠れるには山のてっぺんも良いですが絶海の孤島もいいですよね
これもyoutubeの絶海の孤島巡りによれば
南西諸島には平家の落ち武者の子孫によってできた集落があっちこっちにあるらしい
大きい船も無い時代ですから絶海の孤島には行くだけでも命がけだったでしょう
逃げる方は命が危ないので必死になっているので絶海の孤島でも行けるでしょうが
追いかける方はそんな危ないことまでして追いかけるモチベーションがよくありましたね
実際に追いかけるのは頼朝さんではなくて頼朝さんに命令された人なんですが
頼朝さんとしては将来敵対するであろう種はすべて取り除きたかったのでしょうが
現在の無気力な日本人も昔は根性があったのでしょう
無気力な日本人と根性のある日本人のどっちがよいかと問われれば
口だけ根性があって実際は無気力な私としては答えにくいです
無気力だった前首相と根性がありそうな現首相を比べて
どっちがよいかと聞かれれば答えはでそうなんですが...。
鞍馬山の天狗さんは高い高い木の上を木から木へと移動していたようなんですが
このとき落下しないようにヤツデの葉っぱを団扇のようにバタバタとさせていたとか...。
そんなアホなとお思いの方もおられるでしょうが
昔読んだ白土三平さんの漫画(カムイ伝?)では窮地に陥った主人公が
なんと凧にしがみついて大空に舞い上がって逃げてしまいました(凧遁の術!)
まあ これに比べればまだましかもしれません
余りにも愚かなことを書いていますのでまたまた一句
天狗さん ヤツデをぱたぱた 空を飛ぶ
漫画は何でもできて良いですね!
ヤツデ 郷愁に繋がる花木?
少し昔風の家の残るご近所 門の向こう 塀の上から 垣根隙間から
少し古びた記憶撫でてくれるようです。
生まれ育った家
玄関の両脇 右近の桜左近の橘ならぬヤツデとアジサイが鎮座してたような
ともに子供心には地味の極み 興味も関心も地味…でも眺めてはいたようです。
ヤツデの花・葉 ちぎり散らし
アジサイの花のためによそ様の塀にカタツムリ見つけては持ち帰ってた。
(アジサイの花・葉にはカタツムリ そんな挿絵を見たらしいのです)
もう あんただったのね・・・母親がいいました。
花木の下 おかしなものがたまってくるとおもったら
コレクター気質?どうも 貝殻・石・木切れ・ガラスなんちゃらかんちゃら
持ち帰ってはヤツデだかアジサイだか 株元にため込んでいたらしい
持ち帰るまでが意味がある 捨てるつもりはなくなんとなく玄関横に置いておく
そんなことだったのでしょう。 置いたこと?何を?全く記憶ございません。
アジサイ 大好きになったのはいつ頃なのでしょうか
ヤツデ 可愛い花なんだなあ 立ち止まるようになったのはいつ頃なのかなあ
今年も植物園の山林風のエリア くぎづけになってみつめてしまったのでした。
面白い 可愛い むっちりのまるさ 無比の存在ではないかなあ なんてね
現実を見てるのか 郷愁を見てるのか
ヤツデの花ちぎったりいたしません ヤツデの葉引き裂いたりいたしません
見・て・る・だ・け
気付けば そんな おとし(より)わが身なのでした。
写真No.181:12/14:欅
これは前庭にある欅です
我が家には道路に面して6メートル四方の駐車場をかねた花壇と
それから階段を1メール以上あがったところにある6×4メートルの庭がありますが
この欅は6×4メートルの庭(前庭)の真ん中に立っています
わが配偶者殿の部屋はこの前庭に面していてて部屋の中ほどにある机に座ったままでも
この欅の幹と枝分かれしている部分が見えます
私の部屋は配偶者殿の部屋の真上にありますので
欅の上の部分であるたくさんの枝と葉っぱが一面に見えます
このように現在の家は4LDKなので配偶者殿の部屋と私の部屋は独立していますが
外国暮らしの間はそうは行きませんでした
引っ越し好きなので海外では5カ所に住みましたがどのケースでも家は1LDK程度でした
各自に部屋を割り当てることはできませでしたのでだいたいは居間の各スミを占拠したのですが
パロスベルデスのアパートに住んでいたときにはちょっと変わった状況になりました
なんとわが配偶者殿はウオークインクロゼットに住み込んだのです
アメリカの家ですからウオークインクロゼットと言っても3畳はありそうなcosyな部屋でしたが
なにせ窓が無く薄暗くてとても狭苦しい穴蔵だったのです
以前にも書きましたがこのアパートは海抜100m〜200mほどの丘の上に立っていて
居間の窓からは雄大な太平洋(天気が良ければ富士山)が一望できます
これは誰もが羨むようなすばらしい眺めです
そこで 私は日本の駅近によくあるらしいホームレスさんの家を段ボールで作ったのです
余り自慢するのもなんですが かく言う私は器用でだいたいのことは自分でできるのです
私が制作したその家もどきからの眺めは太平洋が見えて特等席でした
しかしわが配偶者殿はこの新居に引っ越しすることはなく まもなく撤去することになりました
私としては残念だったのですが配偶者殿は海の見えない穴蔵でとてもhappyそうでした
英語で言えば suit youself と言うやつです
ボストン近くのケンブリッジに住んだときにはそのような穴蔵も無かったので
居間を2等分して窓側に私が座り 出入り口側の奥に配偶者殿が座っていました
2人とも窓方向を向いて座ったので私は常に配偶者殿に監視されていたことになります
このころは勉強一途でしたので別に問題はありませんでしたが
最近のように本を読みながらボーッとして居眠りをしているようだどちょっと恥ずかしいかも
上の写真を撮ってから10日ほど経過しました
現在はこの欅の葉っぱはほぼすべて無くなりました 幹と枝だけです
そこで一句
錦だよ 遠くの山の 枯れ葉でも
庭に一本の木 一緒に暮らしていく一本の木が欲しいな
そんな思いがかなうことになりました。 選んだのは 欅(ケヤキ)
この家に住むのは長くて十年くらいなのだろうな
人生初めての(最後の)大きな木のある暮らし 精一杯喜ぼう。
欅の下で 欅眺めて 欅と一緒に・・・そのまま二十五年以上
京都のはじっこ 山の裾 気に入ってしまったようです。
現状維持?変化怖がる?決断力喪失?なんてろのかんてろの
まあ 今ある快感 今ある安心感 この幸せ感 ちらとも壊したくない
今 に とらわれてしまっている私たちなのでしょうか
我々に未来はない・・・何?それ・・・今が続けばそれがいい
我が家のケヤキ 数年に一度しか黄色にもみじしてくれません。
大切にしてる割に・・・御庭番失格 あきらかなのです。
いろいろ・・・ね・・・あるようです。
今年は黄金の輝き わいわい騒いで喜びの秋
木に負担かかりすぎるらしい強剪定 どうしたものか・・・
美しく愛らしい春の芽吹き確認する喜び
枝伸ばし四方へ手を伸ばす如くの成長を見守り
庭いっぱい広がる夏の木陰に感謝
庭ど真ん中に植えこんだケヤキです
庭いっぱいに広がる落ち葉 かきよせかきよせの手触り
晩秋の楽しい庭仕事なのです。
ケヤキとの生活
おだやかな日々が続くのです。
写真No.180:12/7:レモン
今回はアップするべき写真がいろいろあって迷いました
第1候補は中庭にある紅葉した欅の木です これが珍しくキレイに茶色になったのです
この欅は毎年初冬にはたくさんの枯れ葉を落とし中庭を埋め尽くします
これは配偶者さんが集めてゴミとして出してくれます(お世話かけます!)
この欅は植えてから20年以上たちますので背が高くなって枝が電線に到達します
強風で枝が電線を切るといろいろ困りそうな気がしますので
これは私が2,3年毎にほぼすべての枝をちょん切ってしまいます
残るのは みき だけになりますのでこのままになるのではないかと心配しますが
つぎの春になれば葉っぱを付け枝をのばしてくれます(よかった!)
第2の候補は今や台風のダメッジからすっかり元気になった植物園のフーの巨木です.
今年もすっかり紅葉し迫力満点でしたがフーは以前にアップしたことがあります
確か昨年か一昨年にその元気な写真を載せたような気がしますのでやめます
結局 今年になって始めてその存在に気がついたレモンの木を採用しました
この木の横はもしかすると百回以上歩いたのではないかと思いますが
今年になるまで全然気がつきませんでした(アホかいな!->そうです)
かなり大きい木にレモンがいっぱいぶら下がって目立っているので不思議です
さてレモンですが これはぱっと見たところキレイですが
食べてみると酸っぱくて食べれないので 外見は良いが中身がダメなるものの代表です
レモンをリンゴみたいにぱくぱく食べる人はあまりいないと思いますが(たまにいますが...)
人間の場合にはだまされるかもしれませんね
優しそうな人はほんとに優しいと思ってしまいそうですし
善良そうに見える人はほんとに良い人と思ってしまいそうです
人間は年を取ると経年劣化が起こります(心当たりがあります!)が
その代わりに他人を見る目だけはできるはずです(自信あります!)
ところが最近の詐欺事件の被害者には高齢者が多いのです
これらの詐欺事件はほぼ電話だけで遂行されるらしいので
さすがに声だけでは年の功があっても悪人を見抜けないのかもしれません
レモンは酸っぱいですが料理にかけると風味が複雑になっておいしくなります
言ってみれば主人公の引き立て役です
レモンの特徴をまとめると 外見は美しいが 中身は酸っぱくて食べられない
が主人公の引き立て役としてはとても役にたっている と言うことになります
まあ果物ライフとしては悪くないかもしれません
みかん 橙 はっさく からたち…そんな柑橘系を集めた植物園のコーナー
あっ 声上げてしまいました レモンだあ レモンがなっている
木にレモンがなっている レモンの木なんだあ レモンがなっている
あわわ 頭ポカーン 不思議な衝撃
レモンの木に レモンがなっていて何の不思議がありましょうかねえ
レモンがみかんたちの仲間(柑橘系) 同じような木であろうこと
そんな認識は・常識は 持ち合わせていた…ようでそうではなかったのかな
レモンはレモン あまりに個としての印象にとらわれていたようです。
みかんたちとは違う独立した存在のように…思い込みってことですね。
野菜コーナー レストラン料理のお皿に添えて 紅茶に添えて
色形香り酸味手触り それがレモンですね れもんですね 檸檬ですよね
レモンにはレモンを実らせる檸檬の木があったのであったのであった!
この歳になって なんて無邪気な 感動と認識の訪れ
おろかしさって なかなかいいものですぞ
レモンスカッシュ! レモンは青春の輝き
甘いの酸っぱいの ちょっと若き力みをこめて 美味しいね!
背の高いグラスにストローかき混ぜの おさだまりの赤いチェリーつまみ出しの
若き幼き我々が見えてくるようです。
紅茶はレモンでお願いします。ちょっと背筋伸ばしての喫茶店
お砂糖三つかき混ぜて レモン浮かせて飲みました。レモンティーかくあるべし。
レモン浮かすと瞬時に紅茶の色褪せるのが少し残念。レモンティーはこんなもの。
最後の一口お砂糖入れてレモンをスプーンでくたくたにして
レモンスライスもしっかりの賞味です。 あまさ・すっぱさ・ほろ苦さ
大人への味覚への登竜門
若き幼き我々見えてくるようです。
薔薇の木に 薔薇の花咲く なにごとの不思議なけれど
北原白秋さん
どのような心情を歌ってらっしゃるのでしょうか
写真No.179:11/30:もみじ
暑かった夏も過ぎて もみじの季節です
これは京都植物園の中央付近にある池の周りにある もみじです
去年もそうだったのですが いっせいに紅葉しないで
あの木の次はこの木というように順番に色が変わって行きますので
絢爛豪華な華やかさはありませんが その代わりに長い間楽しめます
ちなみに植物園では最後に紅葉するのはフーの巨木です
ことしであれば たぶん12月初旬に見頃になるかと思いますが
さすがにその頃には見に来る人もまばらで静かに楽しめます
今年は京都植物園で最初に紅葉を見たのは11月初旬でしたから
フーの紅葉が終わる12月中旬まで一月以上楽しめます
昔は紅葉の季節になっても人はまばらで
最近のように観光軍団がどっと繰り出すことはありませんでした
日本も含めて東アジアの国々は貧しくて観光どころではなかった時代です
おかげで紅葉の季節も静かに楽しめたものです
今は昔!
youtubeを見ていると紅葉の観光地は押しくら饅頭をしているような状態のようで
あれでよく紅葉が楽しめるもんだな〜と感心するばかりです
と書いたものの八坂神社を思い出しました
まだ30代だったかもしれませんが大晦日の深夜に行ったのです
午前12時元旦!数百人の群衆が一斉に八坂神社の賽銭箱に向かって進みます
とうぜん押しくら饅頭状態でちょっとづつ賽銭箱に近づいて行きます
賽銭箱に近づくと後ろからお賽銭が飛んできて頭に当たります
賽銭箱に到達するとお賽銭を入れ何かお願い事をして
右か左に移動して群衆から脱出します と言うようなことをしていたのです
この当時は大晦日から元旦の未明にはダウンタウンに出かけたものでした
若かったのですね〜
昨日は一日中秋雨だったため家ごもりでしたが 雨の間を見て
近くの神社まで散歩しました 今は今!
この神社の入り口の紅葉は良かったです
もみじにしては背が高くて離れてみると迫力がありました
これまでのところでは今シーズンのベストです
デジカメもスマホも持っていませんでしたので写真はありません
また、一句
紅葉だぞ 感激するけど 直ぐ忘れ
おかげで日々楽しめます
春といえば桜 夏といえば入道雲 秋といえば紅葉 冬といえば雪景色
四季を尊ぶ?日本人の典型的心情症候群?
なあんて 勝手に並べてみただけです。
美しいとか 綺麗だとかの認識 いつの間に出来てきたのでしょうか
桜:綺麗だねっと言ってたと思います。でも酔っ払い騒ぎが嫌だったのが優勢
入道雲:われは海の子しっかりの認識 はっきりすぎてほんとかなあ状態
紅葉:探せど探せど子供の頃の紅葉の記憶見つからないのです まさかねえ
雪景色:南国育ち・霰(あられ)の地方 おとぎ話の世界としての認識
紅葉:秋の気配・秋の色の美しさ 気付いたのは大人になってからのような
なぜなんだろう 空白の記憶 なぜなんだろう 少し驚いています。
モミジ 紅葉 紅葉狩り 紅葉(こうよう) ややこしくありませんか
はっきりしてくれ! 時にいらつきませんか? なにがなにやら
全て美しいことに変わりはないのですがね。
モミジには イロハモミジとヤマモミジがあること・その違いを知りました。
この秋 ひとつ 賢くなった! うれしいな
春に赤い色で始まるモミジもありますね。
芽吹きの赤い葉 緑葉への季節を経て 秋の紅葉へと変化するモミジです。
明日 名前しらべてみましょう。 明日 もっと賢くなる私!
行動範囲が狭まってしまった私たちです
それでも 秋 紅葉・もみじ・モミジ 楽しむスポットは健在です。
池回りの散歩 山の紅葉・モミジのスポット この秋最後の輝き
明日の紅葉狩り散歩 楽しんてくることにいたしましょう。
鯉さん 鴨さん 鳩さん パンは多めです。 待っててね。
写真No.178:11/23:ヒメツルソバ
ヒメツルソバ 別名で「ポリゴナム」と言う花でグランドカバーとして人気があるらしいです
グランドカバーと言ってもだいたいの人は何のこと分からないと思います
たぶんグランドと言うのは広い平らな土地のことで
カバーはそれの全部あるいは一部をポリゴナムで覆い尽くすことではないかと思います
我が家でも元駐車場の一部を占拠しています
一個一個の花は地味そうですが広い面積をカバーするとなかなかのものです
この時期の植物園の芝生地には幼稚園生が団体でやってくることが多いのですが
幼稚園生も一人になればまあ我慢できる程度に温和しいのですが
団体になって広い芝生地をカバーするほどになると存在感があってやかましいです
群れをなして存在感を高めるのは人間の大人世界でも同じです
オオカミとか鹿類とかも自然にグループができるようですし
原始時代には人類も集団を作って生きていたようです
まあ 一人でローンウルフとして生きるのはいろいろ危険もあって大変ですから
適者生存の世界では集団をつくるほうが生き(勝ち)残ったと思われます
私の場合には大学1年から2年の間にたくさんの本を読んだので
3年の頃にはいろんなことに対して自分がどんな風に感じるかが分かるようになり
この時期から自分は群れから外れたローンウルフになるのかな〜と思っていました
まあ本を読むばっかりの人間はだいたいは内向的でひとりぼっちになるものです
ところが、4年で参加した読書会でものごとに対する感じ方が同じだ〜と思われる
女子に出会ってしまってローンウルフになる野望は消え失せてしまいました
それから数十年経ちましたが読書会の女子は現在も我が配偶者となっています
今となってはローンウルフにならなくてよかったです
そこでまた一句
今日の日が つづいて欲しい いつまでも
アハハ!
です.
グラウンドカバー
庭遊びの基本のような気もするのですが いかがですか?
日本庭園の砂・苔・石 洋風だと芝生 ああ水だって有効ですね。
そして我々の庭では?どんなアイデアあるのでしょうか
よそ様の庭ピーピングタイム 楽しみのひとつです。
庭中ひとつのグランドカバー 植物・花・色 埋め尽くすのでしょうか
季節の変化はどうしましょう ひとつに限定・変らずの忠誠って出来るかな
咲かせたい花・取り入れたい木 あれもこれも それが我々の庭
グランドカバー それだけで十分…というわけにもいきませんよね
庭の主人公達オーディション待ち 選ばれるの待ってますからね
グランドカバーが主人公たちを選ぶのでしょうか
主人公たちがグランドカバーを選ぶのでしょうか
そこが問題だ…悩むことになるのです。
ヒメツルソバ
秋・晩秋・初雪の季節までなんておりこうさんさん
夏くらいまではそっとした存在 暑さ寒さに庭があえぎまくってるのに
初秋から初雪のころまでうわーっと広がる可愛い花のグランドカバー
冬になっても花盛り 葉は赤く赤く紅葉!
初雪の白さと花のピンクと真っ赤な葉色と共演ですよ。
おりこうさん おりこうさん なでなでしたくなるのです。
あはは
そのわりに とってもぞんざいに扱われるのです。
繁殖力はんぱじゃありません。あなたに隠されてしまった土には
春に夏に秋に咲きたい花達の芽・球根 眠っているのですからね。
霜で色落ちしてきたらもう全滅作戦か!というほどに排除されてしまうのです。
邪魔にならない隅っこに一株くらいを残すつもりでOK
初夏?こぼれだねで芽が出てきたら隅っこの芽・そんなのだけでOK
つるのばしての繁殖なのでそのほうが効率的・効果的なのです。
あとは新天地もとめて・太陽もとめて広がり放題をやらかしてくれるのです。
壁から垂らせば壁一面のグランド?カバー 道沿いに植えれば足元へ流れ出る
コンクリートの川岸 一面この花でおおわれてる景観みたことがあります。
気付けば我が晩秋の色どりに取り込まれてしまっている
ヒメツルソバなのでした。
写真No.177:11/16:ジャーマンアイリス
名前からするとドイツ出身の菖蒲のようです
日本の菖蒲は初夏に咲きますがドイツの菖蒲は初冬に咲くようです
一度書きましたがドイツに住んでいたことがあります
一年だけでしたがヨーロッパに行ったことが無かったので充実した一年でした
住んでいたのはベルリンですが その当時(30年以上前)はまだ東西を分ける壁があって
ドイツは西と東に分かれていて ベルリンも西ベルリンと東ベルリンに別れていました
西は自由主義陣営で東は共産主義陣営でした 住んでいたのは勿論西側です
西ベルリンから東ベルリンに行くのはパスポートがあれば簡単でしたので
何度も東ベルリンを訪れました 東側の文化にはかな驚かされましたが
今でも覚えているのは小売店の売り子さんの愛想の悪さと
町中を走っている小さいめの車から出ている青い青い排気です
ベルリンで住んでいたのはかなり大きめの3DKのアパートでした
電気洗濯機は今は日本でもよく見られますが当時は珍しいドラム式でした
この洗濯機が入居してすぐに故障しました 洗濯中に止まってしまったのです
ドイツ語の取扱説明書を読みながらあれやこれや格闘して修理しました(たぶん)
ちなみに大学ではドイツ語をやっていませんでした フランス語を取ったのです
ドイツに来ることが決まってから配偶者さんと一緒にドイツ語の勉強をしました
2人とも40歳を超えていましたので新しい外国語をマスターするのは大変でしたが
必要に迫られて約3ヶ月の特訓で単語をいっぱい覚えてなんとか乗り切れました
アメリカには3年ほど暮らしていたのですがドイツはいろいろ違っていました
日曜日にはほぼすべてのお店が閉まっていてダウンタウンに出かけても
閉まったお店のショウウインドウを眺めるしかすることがありませんでした
その当時は「ドイツの人は何が楽しくて生きているのかな〜」と思ったものですが
まもなく暇なドイツ人がしていることがわかりました
お店は休みですが音楽会やオペラは土日にもあったのです
それどころか平日の夜でも主として教会でいろんな演奏会が開催されていました
いつどこでどんな演奏会があるかを知らせる情報誌があって
私どももそれを頼りに毎晩のようにに出かけたものでした
それらの演奏会はどこも人がある程度集まっていました 高齢者が多かったですが...
。
庶民が音楽を楽しむレベルは日本とは比較になりません
これらの教会演奏会はむろん入場無料です
演奏者はたぶん素人だと思いますが プロと言われても納得できるレベルでした
ドイツに住んでいた間にはヨーロッパ諸国にもいろいろ旅行したのですが
この話ははまた別の機会にいたします
最後に一句
ドイツ人 真面目に聞いてる ベートーベン
ドイツ 味わい深い国でした
ベルリン地下鉄の駅 案内の張り紙見てまずガーン
全ての張り紙 真四角 角一列に揃ってる 目が四角になりました。
道行く人の落ち着いた服装・普段着でもアイロンきっちり 真面目感ひしひし
人としての礼節感?敬愛感?距離感? 違和感ではありませんでした。
アメリカでの気安い親切感に溺れかねない外人暮らしから 新しい外人暮らしへ
なにかのルールの中の・壁の中の安定感 (安定感 made in Germany)
暮らしていくうちに見えてくるものがありました。
ほとんどの店は週末閉店 夏季の一か月の閉店 あれあれさてさて
トルコ人の店は開いています。安く野菜が新鮮 お世話になりました。
目抜き通り路傍テーブルのカフェタイム(コーヒーもケーキもなかなかなもの)
行きかうドイツ人の観察満喫 豊かな国・上質な生活・勝ち取ってきたの矜持
そんな中不思議な動きをする人がいました。パキスタン系とみうけられる若者
花束抱えて颯爽と…店から店へ 風のように入っては出て 次へ 次へ
ベルリンでは 花売り娘ならぬ花売り青年 なのか? なのか!
当時(ベルリンの壁崩壊直前でした)
ドイツ経済良好 豊かになった国民が働きたくなくなった分野
労働者としてトルコから多くの移民を受け入れていたのでした。トルコ人も繁栄。
繁栄あるところに移民希望者多し 就労ビザ無しの人達・パキスタン人の流入
諸問題勃発 移民受け入れに歯止めを!観光ビザ以外での入国禁止!
ビザそのものを厳格に! 私たちの滞在はそんな時だったのでした。
アパート近く 夕暮れ時になると物悲しく聞こえる歌響かせる建物がありました。
石段にイスラム教風の親子がぼんやり座っているのを見かけたことがありました。
ある朝通りかかったとき
二人のパキスタン系と見受けられる若者が建物から出てきたのです。
ひとりの手には小さな旅行カバン ふたり話ながら遠ざかっていくのでした。
彼らの背中が もうねえ 喜び・希望・夢・明日にむかって…輝いてる輝いてる
忘れられない光景なのです。 私は妄想狂 もう何十年も前のことです。
外に出れば我々も外国人です
石段に座ってた母子の姿 朝日の中の若者の背中
思い出されるのです
写真No.176:11/9:菊
菊です。普通に菊として抱くイメージとはぜんぜん異なりますが菊です
googleレンズのよれば糸菊と言う名前です
そのものずばりの名前です これが菊ならなんでもありという感じです
もしかして糸薔薇とか糸ダリアがあったりして...。
だいぶ前から京都植物園では菊花展を開催しています
菊にもいろいろあって菊花展では風変わりな種類がさまざま展示されています
この写真はそこの展示物の一つを撮ったものです
ちょっと昔は京都植物園の菊花展はとても華やかだったと思います
展示される菊の種類も次第に減少しているような感じです
展示されている菊を見るとちょっとやそっとではマネができない技術がいるようです
いったいどこの誰がこんな手間の掛かることをしているのかと不思議です
この菊花展を見に来ている人の数も次第に減少しているような気がします
たぶんコロナをきっかけに減ってきたのかもしれません
しかし今日は良い天気もあって京都植物園は人でいっぱいでした
どこに行っても人だらけでした
一番多かったのは授業で絵をカキにきた中学生たちであらゆるところにいました
次に目に付いたのは高齢者のグループで誰かに引率されているようでした
このエッセーで何度も書いたように私どもは人だらけの場所は嫌いですので
本日はココアを飲み終わるとさっさと帰ってきました
ちょっと心残りでしたが仕方ありません
これからしばらくの間は気候が良いので京都植物園は賑わい続けるでしょう
我々が散歩するもぅ一カ所の宝ヶ池公園は気候が良くなっても人でいっぱいにはなりません
しばらくの間はこちらを中心に散歩することになりそうです
話は変わりますが今年はチューリップの鉢植えにチャレンジすることになりました
チューリップ用の花壇に隣接するコニファーが茂りすぎたので春に剪定するためです
さっそくアマゾンで球根鉢植え用の土を注文しました
芽が出たり花が咲いたりするたびにここで写真を載せますのでご期待ください
我が配偶者殿は「誰も期待していない」と言いそうですが めげずに頑張ります
なつかしく 少し寂しき 菊花展
いつのまにか取り残してきた・見捨ててきたのかも・一抹のやましさ
なんだかね・・・年々・・・どうも年寄じみてきたなあ
元気はつらつ散歩・散歩 歩き回ってた頃
秋 ひとつの季節 まるっと菊の季節だったような
垣根越しの庭 特別扱い溺愛されてるらしい菊の棚
寺の境内隅っこに設けられてる我らの・ご近所さま持ちよりの菊花展
街・駅・ショーウインドウ 格式高げな華道の極みの生け花・盛花 主役は菊
小さな店先・横丁の軒先 ハイよっと並べられてる菊の植木鉢
当たり前になると ないがしろにされる 自然な流れ?
ウキウキ新しものがりや ワクワク外国かぶれ
わたしだけでなく 皆そうだった?
良い花だよね・冬芽も可愛い宿根性・繁殖力大・文句つけよう無いよね
となれば さあさあわが庭にいらっしゃい。
うまくいかなかったのでした。
軽薄な・お賑やかな庭にちぐはぐな存在 そして何よりも
もりもりプチプチ太ったアブラムシ大発生
アブラムシ(家にはびこるアブラムシも花木にはびこるアブラムシも)
苦手の極み たとえオルトラン・たとえごきぶりホイホイ 処理できるとしても
もう 嫌 見るのも嫌 嫌 嫌
君子(でなくとも)危うきには近寄らずです。
菊さん ごめんしてね っとなったのでした。
絶対に良い花です!!ほんとごめんしてね!!
なつかしく 少し寂しき 菊花展
しみじみの秋
写真No.175:11/2:チロリアンランプ
チロリアンランプです チロル地方のランプと言う意味です
チロル地方はスイスの平和な山岳地帯の一部と思っていましたが
googleで調べるとだいたいはオーストリア領ですが
その一部はドイツ領であったりイタリア領であったりした過去があります
その歴史を見るとひっきりなしに戦争していて
その度に所有権が移動してきたようです
いろんな国の境界にある地域の運命なのでしょう
それにしてもよく戦争をしています
もし宇宙人が居て人類誕生時代から火星で観察していたら
人類は好戦的で危険な生き物と判断されても仕方がないでしょうね
たぶん「宇宙平和国団体」には参加の権利なしとされるでしょう
好戦度は民族によって異なると思いますが
日本の場合には徳川時代に200年以上戦争らしい戦争をしていませんので
戦争せずにはいられないと言うことはないかもしれません
とは言え この平和な200年は家康さんが勝ち残ったために生じた現象であって
例えば信長さんが勝ち残っていれば全然違った過去になったでしょうね
あっちこっちに進出し戦争していたかもしれません
と言うことは日本人が平和を好む民族かどうかも怪しいです
しかし昔誰かが言っていましたが農耕民族と狩猟民族の違いはありそうです
日本を含む東アジアの民族はだいたいは農耕民族で戦争には強くないのに対して
ヨーロッパの諸民族の多くは狩猟民族出身です
狩猟民族は獲物を求めて出歩きますので他民族で出会い争います
農耕民族は特手の場所に定着しますので他民族と出会う機会はほぼありません
狩猟民族が農耕民族より好戦的になるのは自然なことです
日本人は農耕民族出身ですので相対的に好戦的でないかもしれません
しかし 悪貨は良貨を駆逐する と言うように
誰かが 戦争を始めれば 周りの人も 戦争せずには済まないのです
火星の宇宙人はあきれるかもしれませんが地球から戦争はなくならないでしょう
私どもが生きてきた間にはまじに戦争することもなくラッキーでした
チロル地方はアルプスに囲まれて寒いと思いますが
我が家も京都の北にあって京都市街よりは3,4度気温が低いところです
しかも冬には北風が強いのですが暖冬のおかげでここ数年は大雪も降っていません
そこで我が家を眺めてまた一句
平和だな チロリアンランプが 揺れている
脳内お花畑
浮世離れもここまで…ハイ…わたしのことです。
スイス行ったことがあります。
スイス・チロル・ハイジ・お花畑・おじいさんの小屋・クララさん・ペーターさん
どこ?どこ?どこ?隠れてないで出てらっしゃい!
それしか興味が無かったらしい
有名なトロッコ・有名なアルプスの有名な山 乗ったはずです見たはずです
ハイジ達いなかったなあ 一面のお花畑なかったなあ トイレが綺麗だったなあ
料理の量はんぱじゃなかったなあ 感想は以上。
(花は咲いていたらしい…配偶者さんスイス入るな否や花粉症・出るや否や回復)
本日 チロル地方はスイスではないことが判明。 なんと!
チロリアンランプ そんなお馬鹿な思い出関係なく
わが庭で揺れています。 愛らしいともしびは続いています。
人生最後(と言うのはやめて)後半を この花と一緒に…
そんな思いで塀から垂らしたり 玄関の柱回りからませたり 野心満々
外の世界・外の人 繋いでくれた花でもあるのです。思い出は大切
散歩道 三つの家にチロリアンランプ見つけています。
ひとつ 垣根の一部となって垂れて咲いています。ひとつ 玄関ポーチでの行燈造り
ひとつ 家へのアプローチ緑のスポットの一株
いつも見てしまいます。 頑張れ!エール送っています。
どんな思いでこの花を選ばれたのかなあ なあんて…
YouTubeで世界の町見るのが好きです。
気が付いたのです。 中国 赤いちいさな提灯 そこかしこ
縦に並べたり 横に並べたり
チロリアンランプに似てるなあ…
中国の人たちもチロリアンランプお好きかも…
アルプス地方 中国 そして わが日本の庭
皆に愛されるチロリアンランプ
ふふふ なんだか 嬉しいな!
写真No.174:10/26:日々草
日々草はまだまだ我が家の前庭に主人公として存在しています
6月以来数ヶ月のわたって咲き誇っています
ほんとうに花期の長い花でコスパも最高です
ガードニングするときにコスパは考えないと思いますが...・
この日々草の品種名は「日の丸」だそうです
白地に赤い丸で真にもっともな名前です
日々草はマダガスカル原産だそうですが
実は人類が使っている多くのものは出自が日本なのだそうです
QRコードとかリチウムイオン電池とかカラオケとか無数にあります
興味があればgoogleで調べてください.マジにいっぱいあります
これらを見ると日本人は新しいこと考え出す能力が高いと鼻が高くなります
しかもこれらの発明の多くは特許を取らずに無料で公開されたらしい
アングロサクソン人とかと比べると日本人は商売がへたなんでしょう
それも悪くはありません(我が配偶者は「城内」出身です)
そう考えて日本歴史を見ると不思議です
奈良時代から江戸時代までの1000年の間に発明はどうなっていたのでしょう
この間に技術進歩と言うかイノベーションがいっぱいあったとは思えません
万有引力も知らなかったし 天動説も地動説も知りませんでした
ピタゴラスの定理やアルキメデスの原理も知りませんでした(たぶん?)
電気のような便利な発明で庶民の生活が向上したというような逸話も聞きません
要するに
最近の経済社会の動向をみると日本人には独創性があるようですが
日本の長い歴史を振り返れば技術革新はほぼなかったと矛盾した結果です
いったいどうなっているんでしょうね?
ちょっと脱線して電気が通じた明治庶民の感想を一句
あら不思議 ロウソク無くても 字が見える
秋の夜長に 本を読む
日本人の独創性の疑問に対する私の答えはやはり文明開化です
外国にオープンしてアニマルスピリッツと知識に満ちた西洋人と接触したこと と
諸外国との競争に負けないために頑張り始めたこと
まあ ありきたりですが そんなとこでしょう
最後に令和の凡人の感想を一句
あら不思議 ノーベル賞も 飽きてきて
学者の名前も 知らないわ
立ち往生の秋
例年11月 庭を眺めてはカーッとなり 天気予報を見てはカーッとなり
秋植え球根のカタログ見て 蒔いた種チェックして まだ蒔いてない種見て
カーッと カーッと お庭番は精神状態異常をきたします。
咲いてる・咲こうとしている秋の花 残酷に引き抜いたりもいたします。
早く冬までに整理を 春の庭の仕込みを 焦りまくる季節なのです。
突如
手に余る状態に成長してしまった垣根となっているコニファー達
整理・剪定お願いすることになりました。強剪定のため3,4月の予定
我が春の庭のプラン空中分解!
庭師さんの作業場がもろ花の庭コーナーなのです! 茫然自失
諦めはいい方だと思います
花株は植木鉢住まい 4月に植え込むことにしましょうかね。
晩秋まで冬まで頑張れるはずのニチニチソウ ジニア
今年こそ最後までしっかり咲いてください 楽しませてください。
なんにもしなくていい・・・のんきに秋すごすことにいたしましょう。
あまったエネルギーは日陰の庭の部分
断捨離作業にあてることにしましょうかね。まあお年ですしね。
シンプルに生きていくのがいいのだと思うしかないのでしょうよね。
日陰の庭さんごめんしてね。すこしメランコリックな作業なのかも
始めると カーッと蛮勇で過ごすことになるのかも
まあね 蛮勇でやらかすのも楽しい庭遊びでもあること
知ってはいるんですけどね
まだ少し・・・立ち往生・・・秋!
写真No.173:10/19:カモ
シベリアからカモさん達が戻ってきました
これは植物園の池で撮った写真ですが 宝ヶ池にもカモさん達は戻ってきました
シベリアはもう寒いんでしょうね イヤですね! 暑いのも寒いのも嫌いです
京都もだんだんと寒くなってきました
今現在は暑くも無く寒くも無く快適ですが 心配性の我々としては心配です
天気予報では来週から気温が数度下がるらしい
そろそろダウンでもタンスから取り出しておきましょう
この写真では先頭におかーさんカモが居て最後尾におとーさんカモがいるようです
その間にいるのは子供のカモさんのはずですが 体格は既に一人前に見えます
これまでの経験ではカモの子供は5,6羽以上が普通ですから
このファミリーでは3,4羽の子供カモさんが居なくなってしまったようです
カモさんの巣は川辺付近ですので余り安全ではなく
卵の間に蛇に吸い取られ 卵から出てきた直後の幼鳥でイタチとかに食べられ
ある程度大きくなってからは鳶とかにさらわれてしまったのでしょう
誰が食べられるかは偶然が決めますからどの卵が大人になれるかは運不運です
人の世界でも運不運はあるようですが「運も実力の内」と言う言葉もあります
私の経験では「運も実力の内」はほぼ正しいと思います
運不運の配分は誰にも平等です つまり同じ確率で運不運はやってくるはずです
結果に差が出るのは幸運が来たときにそれをちゃんとつかめるかどうかに掛かっています
良い結果を出す人は常日頃から努力していて
幸運が来たときにはそれを飛躍するのに使えるのに対して
良い結果を出せない人は努力不足で幸運が来てもわずかな成果しか得られないのだと思います
これが「運も実力の内」と言われる理由ではないかと思います
いくら幸運がきても見逃せば通り過ぎてしまうのです
この写真を撮ったのはちょっと前ですが
昨日の時点でもこのカモさんファミリーは元気にしていました
4羽でかたまってお昼寝中でした
まもなく子供カモさん達は離れてゆき 親カモさん達は子育てから解放されます
みんさん Happyなカモライフを生きてください
ビルさんと芝生とカモのお話
アパートの管理・メインテナンス引き受けてるのはビルさんです。
これぞ ザ・芝生・メインテナンス
乱れぬミリ単位でのカッテイング 路沿いのエッジングのシャープなこと
芝生文化に疎い日本人には 少し・・・・かも
ある日気付いたのです わあ芝生いいねえ きれいだなあ
ビルさん曰く 庭の茂みでカモが卵抱き始めちゃってね
雛が生まれて親子で川に戻るまでそっとしとかないとね
あはは ビルさんのやむをえぬの・優しさの からの
伸びすぎた状態の芝生…美しい…感動の私達日本人なのでした。
無事 カモ親子は近くの川へ
アパートの芝生は ビルさんの芝生かくあるべしの姿へ
めでたし めでたし
公園にもなっている川はさんでの草原 カモ親子の愛らしいこと
みな優しい雰囲気に包まれて・・・そこへ犬連れで散歩にやって来た人登場
全員あっという間もなく ワンちゃん川へドッポーン
カモ親子の一大事 母鳥の後ろきっちり一列縦隊で必死で逃げます。逃げ惑います。
ぼちゃぼちゃ楽しそうに近づくわんちゃん
一瞬・なんらかの合図・号令あったのでしょうね
ひよっこたちクモの子散らすようにはじけるように四方八方へ
ワンちゃんが離れたら一列縦隊で逃げ 近づけばクモの子散らし くりかえしくりかえし
ふいっ 母鳥が犬に近づくと 半分水に身を沈め 羽バタバタの水しぶき
聞いたことのある 子供を守るため傷ついた身を演じ犬の注目をわが身に集中させるテクニック
バタバタもがきながら 犬を子供たちから離れた方向へ誘導していくのでした。
面白楽しい水遊びの(つもり)の犬 飼い主の必死の呼びかけに岸へ戻っていきました。
途端電光石火 カモの親子は磁石がくっつくようにひとかたまりに
もう涙無しではいられない ・・・ シーンでしたよ。
今日の写真 撮ってくれた数枚の写真みてると
ママは子供を見ているのです。 ついていく子供 あとを守ってるパパ
カモのファミリー 幸せのひととき しみじみ思い出すこと多く・・・のひととき
写真No.172:10/12:ペンタス
ペンタスという名前の赤い花です.
植物園で見つけたのですが こんなに華やかなのに今までし知りませんでした
赤い花の横に写っているのは「ホウジャク」です.
これは蛾の一種でホバリングしながら花の蜜を吸うので有名なようです
日本にはハチドリがいませんので このホウジャクがその代わりです
空中で静止して蜜を吸うのです
本体は静止していますが 万有引力に逆らうために 羽を騒がしく動かしています
そのため英語ではハミングバードと呼ばれます
ハチドリの羽音がハミングしているときの音に似ているのでしょう
実はハチドリを身近に見たことがあります
ロスアンジェルスの近くのパロスペルデスと言うところに住んでいたときです
近所のスーパーに行くとハミングバード用の餌やり器が売ってあったのです
アパートのベランダにぶら下げると 虹色にひかるハミングバードがやってきました
毎日蜜を吸いにきました
日本人としては珍しいので写真をいっぱい撮りました
今から思えば これは京都植物園の日本庭園の写真を撮っている外国人と同じです
この日本庭園は5メートル四方程度のものでとてもみすぼらしく
灯籠があるので日本庭園とわかるしょぼいものです
これを日本庭園の代表として写真なんかを撮られるのはかなわんな〜と思いましたが
外国人の観光客さんから見ればハミングバードを見た私と同じ感じなのでしょう
バックグラウンドが異なれば同じものを見ても印象は異なると言うことです
京都中の有名な日本庭園を見てきた私と 始めて京都を訪れた外国人さんでは
リアクションが異なるのは当然です この外国人さんも
京都のあっちこっちを見て回った後ではこの写真はボツにすると思いたいですが
このハミングバードがくるベランダからは太平洋が見えました
アパートが海岸沿いに建っているので180度が太平洋です
パロスペルデスはほぼ毎日が晴れていましたので
太平洋はいつもキラキラと輝いていました
この向こうに日本があると思うといつも嬉しくなったものでした
その日本で何をしているかって?
ホウジャクと ペンタスを見て パスタ食べ 散歩に行って 昼寝する
庭遊び 始めは何もかも夢中夢の中 全てを見て何にも見えてない
数年たってからかなあ あれっ 虫・カエル・蝶・あれやこれや
そして このホウジャクを見つけました。
わあ 日本にもハチドリいるではないか! わあ わあ
もちろん 少し違うのに気づきましたよ。
その小ささ 飛び方 花へのアプローチ 蜜の吸い方 似てるなあ
でも決定的な違い・・・鳥ではない!・・・のでした。
嘴・羽根・翼 その鳥の体形からくる重量感の差は決定的
わが庭へ ホウジャクさんようこそ なのでした。
嬉しくて調べてみました。
幼虫はヘクソカズラを食べるのだとか 卵も産み付けるのですよね
となれば・・・
うれしかったのです。
ヘクソカズラ 名前を知る前から知っていた花なのです。
子供の頃家の裏 白い花咲く椿の木 絡まって咲いていた不思議な・可愛い花
暗いコーナー ひっそり気味 白と赤絡み合ったような小さな花の塊り
子供心に一番好きな花かも・・・ひそかに思っていたのかも
名前はヘクソカズラ 知るは喜び ならぬ 知るはけしからん!!!!
失礼にもほどがある わたしのえこひいき魂爆発
ホウジャク と ヘクソカズラ
鼻息勇ましく散歩道からヘクソカズラの実集めてきて庭へばらまきました。
すくすく バイカウツギ枝つたって すくすく すくすく
手ぐすね引いて見守ったのですが ホウジャクやってこなかったような
幼虫らしき姿みなかったような
ヘクソカズラだけが栄えまくって・・・あのお あちこちでじゃま
こそこそ始末することに・・・ごめんしてね となったのでした。
やはり野に咲けヘクソカズラ なのでした。
なんやかんや
庭にホウジャクやってくるとわたしの心は踊ります
野にヘクソカズラ見つけるとわたしの心は踊ります
写真No.171:10/05:ワレモコウ
ワレモコウです
ワレモコウと言えば庭の隅のほうで静かに咲いていると言うようなイメージがありますが
このワレモコウは植物園の日本の森(元?)にある池の渡り橋の出口付近にあります
人も多く通るところでかなり目立つ場所であります
ワレモコウが小さい頃は周りの雑草と競い合っていて心配しましたが
最近は付近では一番の存在となりました
まあワレモコウのイメージには合わないような気もしますが
一年ほど前にNo.121でワレモコウをテーマにしています そこで高浜虚子の俳句を紹介しました
「我もまた紅なりとついとでて」
と言うものです 今回のワレモコウもそんな感じで この句にピッタリかもしれません
googleで調べると ワレモコウは多くの俳人に好まれ いろいろ有名な俳句があるようです
バラとかチューリップとかでは余り華やかで
「わびさび」の好きな日本人にはあまり合わないのでしょう
とは言うものの「わびさび」とは いったい何ですか? と聞かれるとちょっと困ります
たぶん 好き嫌いを決める感性のあり方だと思います
たくさんの人が騒がしく集まっている赤いバラのある広い庭の片隅で
誰にも気がつかれないように黙って咲いているワレモコウ!
これであれば「わびさび」の一面が出ているかもしれません
地味で静かで引きこもっている雰囲気です
そこで面白いのが さっきの俳句です
「我もまた紅なりとついとでて」
ツイと出るのはわびさびの精神と矛盾しています それがひねくれ者(含むme)には受けるのです
ちょっとみっともないですが
侘びしく 寂しくしていても ときどきは思わず出しゃばらずにはいられないのです.
かなりみっともないです
「我もまた紅なりと閉じこもり」
の方が安心・安全で 最近の我々にはピッタリです
何と言うか 一日一日が 夢のように過ぎ去って行くのです
もしからしたら 昼寝しているだけかもしれませんが
われもこう 内弁慶を さらけだし
植物園のわれもこう 昨秋のひっそりの存在から 負けないぞ!頑張っています。
来年は 見よ ここにわれあり われもこう 威張りだすのでは?
がんばれ がんばれ 甘やかしの応援団ここにあり。
ねえ 種飛ばせないのですか?
お隣のうっとおしい邪魔者の株蹴散らせないのですか?
植物園職員さん 一株のわれもこう 存在に気付いて!
えこひいきお願い! 甘やかして! ちやほやして!
まあね 誰しもがそうなんだとは思いますよ。
ちやほや慣れのバラの花 場違いの野の花コーナーに迷い込んだら
どぎまぎ 下むいて・・・小心者・・・われもこうさんよろしく
うつむいて過ごすのだと思いますよ。
うち弁慶 そこでちやほやされるその日まで。
さて われもこうさん
小さな池の回り そうですねえ 三分の一くらい占拠出来たら
我々応援団 心静かに秋の池巡りできるようになるのでしょうかね。
三分の一に向かって がんばれええええ
閉じこもる 世界広げよ われもこう
写真No.170:9/28:フライングソーサー
この時期にはいろんな花が咲き誇っていますので候補がいっぱいあるのですが
この写真があまりに魅力的に見えましたので前回に続きフライングソーサーです
どこが魅力的かと言えば「凛とした雰囲気」と言いたいです
(ただし 「りんとした」の正確な意味は知りませんがそんな感じです)
朝顔は真夏の花ですがフライングソーサーは夏の終わりか初秋の花です
朝晩が涼しくなってきた頃に咲いてくれます
そう言えば最近は ここ京都でも朝や晩には涼しくなってきました
よかったですね〜
この夏はしんどかったですね〜
しかし しかし です
私どもは頑張って一夏中散歩も敢行しました 昼間に5000歩 夕方に2500歩程度です
一寸前は一日1万歩にとどきましたが 最近はちょっと たりません
まあ近年の研究によれば一日8000歩程度がちょうど良いらしいので よかったです
最近は一日8000歩でもくたびれますので
「一日6000歩程度がちょうど良い」
と言う研究がないかをyoutubeで探しています たぶん見つかると思います.
この夏が暑かった分 来る冬にはThe General Winter(冬将軍)が頑張るらしい
いやですね〜 将軍様!どっかに飛んでいってください!
現在はこんな感じですが 昔は違いましたよ
車の運転が楽しかった頃には 雪が降るとドライブに出かけたものでした
京都はちょっと北に行けば雪国の様相を呈しますので
簡単に雪国ドライブを楽しめます
スタッドレスでなかった頃は途中でチェーンを取り付けねならなくなりましたが
その後は四輪駆動に新しいスタッドレスタイヤであっちこっちの雪国を走りました
雪が降ったら信州にと言うような時代もあったのです
今は運転免許もありません 後期高齢者ですから仕方ありません
雪の日はおこたでyoutubeでも見ています
ユーチューブ 雪のロンドン 目の前に
悪くないですよ 楽ちんですし 安全ですし 言うことなしです
もう来ないのではないかと思われた秋やっと・・・ですね。
暑さに負けてはならない この楽しい今に弱みを見せてはいけない
それだけを懸命に過ごしてきた夏でした。
風涼しくなってきました。となるとさあやるぞ・頑張るぞ
ではなく 夏の疲れとやら出すものかと懸命に
冬の前にやらねばならぬ庭の大仕事・その為の力温存せねばと懸命に
生き延びる体力・気力守らねば とかなんとか
懸命に生き続けなければならないのが後期高齢生存者のさだめ
づづくづづく はああああ ああああ
懸命の休憩・休息・気絶タイム つづく つづく
それにしても この夏の我らの庭は(凛)として凄かった!
トップスター・共演主人公は 日日草と芝生
日日草が夏に強いのは知っていたけど 芝生 これが凄かったのです。
駐車場跡の庭です。車の陰になることが多く どんなに気をつけていても
弱ってまばら気味の箇所散在 根元に苔の侵入で根の張りに支障
季節ごとの雑草乱入 等々 芝生も御庭番達もつらい闘い続きだったのです。
さて 邪魔な車無くなりました。お日様はもう一日中ガンガン
夕方には散水ばっちりです。この世の極楽状態だったのだと思います。
緑 ふさふさ 緑の絨毯 宮殿の絨毯もかくのごとし ふっかふっか
こんな見事な芝生見たことありません!! (断言)
我らが芝生・自慢たらたら・有頂天の夏なのでした。
はまり役の主人公あれば 支える役もありました。
去年の花からのコボレダネ(こぼしだね) ジニア、鶏頭、トレニア
隙間にバックに陣取って 自然・きっちりと夏の庭支えてくれました。
きわめつけの活躍は 花壇後ろのコンクリートむき出しの壁
少しずつ誘引してたつる性植物たちでの落ち着いた背景の壁へ変身中
さあ今年の夏の庭完成図です。思ってもみなかった(凛)とした夏の庭
(凛)これこそが(凛)の具現化なのではありますまいか!
りん(凛)りん 鈴が鳴る・・・ 嬉しい嬉しい鈴の音
写真No.169:9/21:フライングソーサー
フライングソーサーです
今年は前庭や玄関ヨコに植えてあります この花はその1番咲きです
この写真を撮って以来数日たちましたが最近ではいっぱい咲くようになりました
日々草と並んで私が最も好む花です
我が家の庭が日々草とフライングソーサーに囲まれているようですが
これは我が配偶者さんの配慮と思われます
それとも私が「フライングソーサー!」「フライングソーサー!」
とうるさいので 静かにさせるためでしょうか
とっちにしろ 感謝!感謝!
さてフライングソーサーのよいところですが いろいろあります
まず色です 白色と藍色の組み合わせですが そのどちらも美しいです
次はその組み合わせです
どの花もそれぞれ異なった模様で白と藍が配分されていて その模様に感動します
3番目は フライングソーサーは昼過ぎまでしおれることなく咲いてくれます
似て非なるものに朝顔があって これは朝の間しか美しい姿が見れません
4番目はフライングソーサーを咲かせている庭はほかにはほどんどありません
フライングソーサーの親戚のヘブンリーブルーはよく見ますが
フライングソーサーはなぜかあまり見ないのです
我が家の庭は元駐車上の前庭とその後ろの一段高い玄関前の庭がありますが
路上からは前庭しか見えません フライングソーサーはその両方で咲いていますので
我が家の前の道からでもフライングソーサーを見ることができます
タクシーで帰宅すると運転手さんも
「オー 花がいっぱい!」
と歓声を上げてくれるほどキレイな庭になっています
「どうだ 参ったか」
と言いたいところですが
まあ そう言う相手もいませんので2人で静かにほくそ笑んでいます
夏の花 きれいですねと タクシーさん
西洋朝顔 ヘブンリーブルー
ガーデニングブームたけなわの頃?もてはやされた昼咲き朝顔です。
曾野綾子さんの小説 天上の青 登場する朝顔 どんな花?心ひかれたのでした。
あの頃の植物園はじめあちこちブルーに染まった朝顔の風景 美しい思い出です。
この フライングソーサーは ヘブンリーブルーに続いて紹介されてきた花です。
みかけなくなりましたねえ 大きめの花苗屋さんにもありませんでしたよ。
フライングソーサー それって何?の対応 むかっ 気を悪くしたのでした。
となれば 種から・・・
咲いてくれました。わあわあっと喜んでくれる配偶者さん
心底ほっとしたのでした。 これでいいのだ ああ美しいこれでよいのだ
心底のまたその底 うめいているのです。
夏の庭の後ろに並ぶ木々覆い尽くす軽やかなおしゃれなフライングソーサー花の壁!
それが夢想・スタートだったから。
なんとも弱々しい苗 あれやこれや消えていくではありませんか
なんとも細々のつる 塀の上の木までたどりつけない 頑張れ 頑張れ
なんとか葉のかたまりになってきたぞ・・・
つるが切れたり 株ごと枯れたり 唇かむこと多し 多し
フライングソーサーさんも大変でしたねえ。
何年か前 同じ野心抱いて
花苗屋さんで立派なフライングソーサーの苗入手
もうすくすくと 木々覆い尽くしての一面の花開花!
なんと 全株 フライングソーサーではなくヘブンリーブルーだったのです。
豪華絢爛 天上の青 すごいことになったのですよ。 お口あんぐり
きっと 道行く人もお口あんぐり 楽しんでくださったと思います。
この夏 終わり近しの花咲かせる気力体力ふりしぼり 夢よもう一度
フライングソーサーで頑張りたかったのでした。
穏やかな顔つきのフライングソーサー
こんなものなのよ・・・優しくささやいてる?
へなちょこお庭番許してくれてる?
写真No.168:9/14:オニヤンマ
またまたまた花では無く、今度はトンボです それもオニヤンマです
オニヤンマは格好いいですよね これは「勇姿」です
子供の頃に捕まえた記憶がありますが 最近では その勇姿を見る機会が減ってきたようです
オニヤンマだけではなくて昆虫が減っているようです
子供の頃は毎日のように蚊に刺されていましたが この夏はまだ無事です
植物園の木々の間を抜けるには昔は蜘蛛の巣に引っかかる覚悟が要りましたが
最近では蜘蛛の巣も全然見かけなくなりました
この数十年で殺虫剤が発達したためもあるかもしれません
技術は人間が住みやすいように進んで行きますので
蚊や蜘蛛などの昆虫には住みにくい世界となったようです
私も蚊に刺されたり蜘蛛の巣に引っかかるのは嫌いですので
このような技術進歩は歓迎したいところですが
こんな些細な環境変化でも思わぬ影響が出ていないかと心配にもなります
蚊の存在には何かにとって重要な意味があるのでしょうか?
殺虫剤の進歩で蚊が減ると他の何かが困るのでしょうか?
とチラッと思いましたが まあ人類(私のことです)にとってはどうでもよいので
これ以分析するの止めることにいたします
このオニヤンマの写真はいつも行く宝ヶ池公園の四阿(あずまや)で撮ったものらしいです
(配偶者さんの作品です)
実は今日も午後から行く予定ですが
最近の変化として我らが投げるパンを食べる主人公が鯉さんから亀さんに変わったことがあります
十数匹の亀さんがよちよちと食パンのかけらを追いかけて食べています
どう言う環境の変化が起こったのか分かりませんが不思議です
それと渡り鳥の鴨さんも数匹ですがこの公園にも戻ってきました
まだ暑いですが 季節は進んでいます
トンボ なんだか懐かしさ感じさせてくれるのです。
子供の頃家の前の東西に走る道 [トンボの夕べ]がありましたよ
東へ西へ わっしょいわっしょい群れなして 行ったり来たりの大忙し
網なんていりません ほうき掲げて下せば捕れるのです。
今となればもっと感動しておくべき風景だったような
無舗装 穴ぼこの道 水たまり 水たまりだらけの道
(水たまり大好き 覗き込むと面白いし ボチャボチャ歩きも楽しかった)
トンボはあんまり賢くないのでした。 明日のない水たまりにせっせと卵産むのです。
それが それを見るのがいやだったなあ 幼少の頃から気が弱かったものでね
どうしようもないので目を背けていましたよ。
今でもトンボあきれるほど小さな水たまりに卵産み付けているの見ることがあります。
学ばない輩のとんぼさんのようですね。 あきらめ 少しため息
懐かしさのつづき
夜の家庭団らん 大きなトンボ光につられて?参加乱入
大きなハエも参加乱入 ふざけて捕まえたトンボの口先へ
羽つままれたままの姿で一瞬の躊躇もなくもしゃもしゃ丸かじり わああああ
お砂糖の塊はどうだ? パンは? もしゃもしゃ・・・わああああ
ペットとして飼えるのでしょうか・・・怖くなって外に放したのでした。
トンボ:ドラゴンフライ(dragonfly)ですものね
懐かしさのつづき
夏休み宿題作品展示会
必ずの昆虫採集作品ずらり トンボの標本ずらり すごかった
真四角の箱 整然整列のトンボ・昆虫 きっちりのピン留め かっちりの名札
男の子達の凄さ 思い知らされる時でした。
女の子ばっかりの世界でしたので 異質・異様そして敬意の時でもありましたね。
今でもすごい!っと思わせる昆虫みつけと
男の子だったら狂喜するんだろうなあ・・・反射的に思ってしまいます。
わたしは み・て・る・だ・け!
トンボ ツイーツイー
その姿 平和平穏のシンボルと感じるようになったようです。
あの頃の女の子…変わってきたということなのかなあ
不思議 すこし 感無量
写真No.167:9/7:カエル
またまた花では無く蛙さんです
なんか座り心地の良い場所におさまっているように見えます
家の裏に田圃があってここに水が入って稲の苗が植えられるとオタマジャクシが現れます
その苗が育って1メートル近くになるとオタマジャクシが小さい青蛙となってやってきます
我が家の庭にもくるのです たぶん かなりたくさん来ていると思われます
と言うのも 青蛙さんが庭にやってくるころと時期を同じくして
我が家の前庭の芝生が長く長く伸びてしまうのです
そこで私は電動芝刈り機で芝を短くするのですが
この電動芝刈り機の中では包丁のようなものがぐるぐる回っているのです
これで芝を切り取って短くするのですが 青蛙さんの立場から見ると大変です
身の丈の数十倍もある巨大な包丁がグルグル回りながら進んでくるのです
芝刈り機に捕まればミンチになってしまいます
庭中を芝刈り機でグルグル回りますので 青蛙さんから見れば私は殺蛙鬼です
グルグル回っていると数匹は庭から脱出して行きますが
すべての青蛙が逃げ出しているか 自信がありません
と言うのも 青蛙はあまり賢いとは思えないからです たぶんアホです
危険が迫っていても逃げないことがしばしばあります
このため人でもカマキリでも青蛙を捕まえるのは簡単です
私どもは青蛙のファンと言うか好んでいるというか ですが
青蛙のためにしてあげることは何も思いつきませんので
せめて芝刈り機でグルグル回るときにちょっとは気を配りたいものです
青蛙がパンくずを食べるならまいてあげるけど たぶん主食は虫でしょう
もう9月ですから かわいい青蛙さんもだんだん見なくなります
みんなカマキリとかに食べられるのでしょうか
無事生き残ったのが冬眠して来年の初夏にはオタマジャクシの親となるのでしょうか
青蛙諸君 がんばってください
御庭番 ということにして とのふりをして
あつかましくここでのさばっています。
もう何十年も庭を庭だけをみつめて過ごしてきたような
世の中を苦手とし離れていたい小心・小者が見つける平和の谷・自由の離れ島
ああなんたるみっともない(でも大満足の)生き方であることか
いつかきっと罰が当たるのだろう・・・緊張感との並走の生き方です。
庭 限りのある空間 ひとつの世界
その世界の参加者・関係者・役柄としての御庭番なのかな
地面掘っ繰り返し 花苗植え込み ひっぱがしのはりつけるの
ガードナー気取りの生意気な驕り また嬉しからずや
でもね おかしなことに一番充実そして楽しい庭での過ごし方は
草むしりなのでした。気づいたときちょっとびっくり。
何も考えてない 花も木も見ていない 何も気にしていない考えていない
目の前の草 むしりむしり・・・はかどっていくの実感があるのみ
そんなとき ふっ 感じる 目線? なにかの存在感?
ちいさな緑の存在 カエルさん カエル殿
葉陰から 花の間から 木の枝から まあ私を見てるのでもないのかも
見てるとしても 邪魔者扱いはされてないような 穏やかな感じ
お互い そっと 自然なものとして存在感じあってる?
庭のカエルたちをこよなく愛する始まりでした。
この庭 この世界 生きてる世界 共有してるんだもんね
私は人間 御庭番だからと 気を遣うことにもなるのです。
虫いやだああ・・・カエルたちの命の糧かも
大きなカマキリ・・・カエルを捕食するのを目撃 許せん!
水たまり・・・蚊の発生源だあ・・・カエル集まってるなあ
雨不足 さあ水撒きを・・・花の・葉の上でおくつろぎ中
今日のカエルさん
シュウメイギクの蕾を付けたすぐ下の葉 くぼみ丸まってご休憩中
水撒きはそっと株元だけにたっぷりと・・・
御庭番はやさしい気持ちになれるという恩恵 ありがとうね!
写真No.166:8/31:トンビ
鳶(トンビ)です.勿論草花ではありません
飛んでいる鳶なら珍しくもないのですが 写真のように
枝にとまっているのはあまり写真に撮ったことがありません
子供の頃は鳶は幼い子供をさらって巣に運んでかえって
家族中で生き餌として食べてしまうようなことを聞いた覚えがあります
ちょっと怖かったものです
しかし最近は鳶が狙うのはチーズバーガーとか食パンとかです
鴨川の川辺でチーズバーガーを食べていた人がその手に持っていたのを
上方後ろから飛んできた鳶に奪われたのを見たことがあります
私自身では 宝ヶ池公園の四阿(あずまや)で鯉や鴨に食パンをちぎって
やっていたときに左手に持っていた食パンを
上方後ろから飛んできた鳶に奪われたことがあります
この食パンは体の前で隠すように持っていたので
鳶はかなり器用な飛び方をして奪ったようです
このときには食パンを持っていた手に歯がたならぬ爪かたをつけられました
鳶が食パンをつかみ取ろうとして私の手に爪をたてたようです
しばらく痛かったですが それからは公園で餌をやるときには
まず近辺の観察から始めるようになりました
鳶が上方後ろの空を舞っているときには食パンを隠した体勢をとるのです
鯉や鴨に餌をばらまくのは最近の我らの人生では一大快事となっています
(-->平和な人生です)
最近では亀さん達がやってきてパン食い競争に参加していますが
あれは動きが鈍いのでいくら亀を狙って餌を投げても食べてくれません
(鯉に奪われるのです)
しかし おかげで配偶者殿は餌投げが達人の域に達しつつ有ります
亀さんの口の前数センチの位置に小さい食ぱんのかけらを投げれるのです
愛のなせる技でしょう!
残暑でも 亀は元気に パンを食べ
でした
トンビ 怖い・怖くないのお話
我が家に迷い込んで来た猫ちゃん7匹のお子様お産みになりました。
色・模様より取り見取り もらってくださいの新聞広告
山間部から猫ちゃん欲しいと来てくださった方
白い猫はダメなのです。トンビにさらわれてしまうのです…だそうです!
カラスとはどうにも仲良く出来ない間柄 空中戦バトルよく見かけます。
団体行動に強いカラス圧倒的勝利 一羽だけでも追いかけまわされてますねえ。
大きななりして…高空戦もちこめばいいのにトンビちょっと鈍くさい…のかな?
魚の群れ発見 見事な降下 一瞬の捕獲 さすがさすが 野生の王国
????? 空中で食べる様子 なにか落とす様子
そしてまた見事な降下・捕獲 つづく つづく 野生の王国
観察の結果 魚の頭の部分お好みでないらしいのです。
ちゃちゃっと頭だけ切り離し捨てちゃってる。
美食家?わがままもの?食べ残しはいけませんの教育受けてない様子だな。
美食のためなら蛮勇発揮(カラスには負けるくせにね)
人の手にしたハンバーグ 池の鯉に投げたいパン ピクニックお弁当
上から 空から 高い枝から ねらってるねらってる
ひとを怖がりませんねえ ひとは我が身をお弁当を守るしかないようですよ。
わたしは怖くありませんよ
なんとなれば 我が一族は嵐の後海辺に落ちてたトンビ食べた!のだそうです!!
こわごわ でも 食べた!!!
こんなもの食べて 一家全員死ぬかもしれないねえ。
食べれない赤ん坊のこの子だけ(私のことです)生き残るのかもねえ
しみじみの会話があったのだそうです。
全員ぴんぴん元気に人生送ったのでありました。
すごい すごい すごすぎる!
トンビさん 私を甘く見てはいけませんよ
その一族のはしくれなんだからねええ
ぴーひょろろ ぴーひょろろ トンビさん
全部ひっくるめて大好きな鳥です。
写真No.164:8/24:源平小菊
日々草が写真の大半を占めていますが日々草は主人公ではありません
真ん中に咲いている菊のような小さい花に焦点を当てています
源平小菊と言うらしいです(from googleレンズ)
源平と言えば平家物語、平家物語と言えば
「諸行無常」と「盛者必衰」
を思い浮かべます さらに
「おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」
と続きます
なかなか厳しいですね しかし ポジティブに考えれば
この文章の裏には
「落ちぶれし人も久しからず、夏の朝には良い夢とともに目覚めん」
がひそんでいるはずです
人生には順調モードのときもあれば悪いモードのときもあると言うことです
昔はどんな人にも運が良いときと悪いときがあって
人生を平均すればどんな人もほぼ平等に「ラッキー!」が配分されると思っていました
運なんて言うものはサイコロの目と同じで
誰がやってもどの数字も6分の一の確率になると思っていました
それはその通りなのですが
人がhappyになるかどうかは 人生で非常に大事なときにラッキーかどうかに掛かっています
これもやっぱり運ですね
たとえば配偶者の選択なんてのは半分以上は運でしょう(ラッキーミー!)
お金さえあれば人はhappyになるのであれば人生はかなり簡単なのですが
これまでの人生で得た情報によれば人間の幸せはそんな単純なものではないようです
写真の源平小菊は一生のほとんどを日々草の陰でおとなしく成長していましたが
いざ開花したときには日々草の間から顔を出してお日様の光をいっぱい受けています
源平小菊さんの陰でも成長すると言う日々の努力のなせる技でしょう
ちょうど開花したときに日々草の外に出れたわけです よかった! よかった!
源平小菊(エリゲロン)さん こんにちは
あなたのこと忘れてました そして 忘れてたのでもないのですよ。
その場所は庭の一等地 季節の主人公達の場所
春にはわすれな草、チューリップ 夏にはニチニチソウ、ジニア
贔屓されて場所占拠して咲いている場所なのです。
でもね
あなたはそこに居続けているのですよね。
主人公のいなくなる晩秋から冬そして早春 しっかり太陽うけながら
根をはり 株増やし 飛ばした種での新地開拓 チャンスはあなたのもの。
お庭番は知っています。季節の主人公の交代時 ぱっと愛らしいあなたの輝きの時。
そして主人公達の季節でも何気なく隙間から花姿見せ続けてるのですよね。
庭のあっちでもこっちでも 目立つわけでなく そっと素朴に
人は野の花・草の花・・・くらいにしか思わないでしょうね。
夕散歩 この花咲かせている庭見つけました。
多分何気なくの導入 多分思いのほかの喜びの源
多分鼻息荒く喜び・野心・とりあえずとの株分け株分け
ニコニコ眺めています。
新しい家 新しい庭 住む人の心つたわってきます。
時が経ち 人それぞれの毎日
子供達大きく動き出す毎日 お仕事も頑張らなくてはの毎日
庭の花見てるとわかってくるものがありますね。
さて お庭は 花は・・・ さてさてさて
ベンケイコギクさんの運命やいかに
つづく つづく
私たちの夕散歩も つづく つづく
今日あなたに気づいた人がいましたね
あなたの小さな喜びに気づいた人がいましたね
良き夏の日なのでした
写真No.163:8/17:スイレン
植物園のスイレンです
南入口を上がって20mほど歩くと左手に水槽のような池があってそこで咲いています
このエッセーを書き始めた頃にもスイレンの写真を載せましたが
あれは琵琶湖東岸の烏丸半島にある水生植物園のものでした
水生植物園のスイレンは温室のような良い環境で1年中とてもキレイに咲いています
京都植物園のは自然のままですので これまでは鑑賞に堪えるとは言いがたかったのですが
今年は暑くて良い天気が続いてスイレンにはちょうど良かったようです
花によっては暑い晴れた気候を好むものもありますが
紫陽花のように曇った日や雨の日が続く梅雨の時期を好む花もあります
土も同じで水はけの良い砂状のものを好む松葉ボタンのような花もありますが
保水力の高い土状のものを好む花もあります(だいたいの花はそのようです)
花によって好む環境もいろいろあるわけです
これを間違えるとせっかくガーデニング屋さんで買ってきた高価な花の苗も
見る見る元気がなくなりしょぼくれていって立ち枯れたりします
我が家で配偶者さんがガーデニングしているのを見ていると
例えば日々草はなんどもしょぼくれたのですが
昨年前庭の日当たりが良い場所をもらうと猛烈に元気に咲いて主役になったのでした
ちなみに今年も成功しています ここに写真はまだ掲載していませんが花盛りです
花でも人でもその環境をうまく合わせないと実力を発揮できません
人の場合にはその環境も自分で選ぶというか創り出すと言うかしますが
花の場合にはひとえにガードナーさんの愛と知識に掛かっています
そう思うと責任重大です
たかが花されど花です
今年は我らが庭にはフライングソーサーもいっぱい植わっています
まもなく咲き始めると思いますが暑い気候が好きらしいので楽しみです
すいれん 睡蓮 スイレン
むむ 漢字でこう書くのかあ 水の文字入らないのかあ
水に浮かぶがごとくの睡蓮
水上に咲き 水上に眠る花 ということなのかな。
生命は水の中にそのスタート点持っているのではなかったかな
(いつもの我が怪しき知識かもですが)
海から水から陸へ 植物・爬虫類・鳥・人・もろもろ・・・
いったん陸で生き始めた生物 その多くは水にはもどれなさそう。
それでも 水は必要 水の周りうろうろして皆生きてるとも言えそうな。
水底に根をはり 水中太陽を求めて・大気を求めて茎をのばし
水面に到着するや葉をピッタリ水面にはりつけての全面太陽光受け止めの体勢
表面張力?押さえ込んで安定を図り 葉の隙間をあけてさあつぼみよ空へ
水底(大地)に根 水中に茎 水面上に葉 そして 睡蓮の花浮かぶがごとく
なんて お見事 なんて健気 なんてロマンではありませんか?
水の妖精 お話生まれ出てくるの 納得です。
地球の何処か 睡蓮が自然のままとして咲いているのでしょうか
ギリシャ神話でもなく おとぎ話でもなく
ひょいとそんな水辺に行き当たる・・・あるのでしょうよねえ。
そこは 何処?
わたしの地理・植物相の知識 ぽっかりの空間 見当もつきません。
カバがもしゃもしゃ食べたり ワニの歯に絡まったり
上空をターザンがウワオーっと叫んで飛び越えたり
まあねえ ここはおとなしく かまとと本領発揮
夢見る妖精さん ということにしておきましょう。
写真No.162:8/10:サルスベリの木
サルスベリの樹です.
猿でも滑って落ちると言う意味ですから木の表面はスベスベしています
サルスベリの樹は夏の時期には花盛りのはずですが この樹には花はありません
左上に見える赤い花は後ろの樹のもので この樹には花はありません
たぶん老木で花を咲かせるパワーがないのでしょう
樹でも人でも老いてくるといろんなことが出来なくなるのは仕方ありません
ちょっと移動すれば花盛りのサルスベリの樹があるのに
どうして花も咲いていないサルスベリの樹の写真を撮ったりするのでしょう?
花を咲かせている樹と咲かせていない樹を比べてみると
花を咲かせていない木にも「いいな〜」と思わせるものがあったからです
花や葉っぱで一杯の樹は幹や枝が一部しか見えませんが
花も葉っぱもない樹は幹や枝だけですが そこにも自然の造形の美が現れるのです
今は夏ですのでほとんどの樹は葉っぱをいっぱいいっぱい付けていますが
冬になれば多くの落葉樹は葉っぱを落としてまる裸になります
そして幹や枝だけの自然の造形の美だらけになります
春の暖かさと共に庭のあっちこっちで咲き始める花
初夏から夏にかけて野や山に溢れる元気いっぱいの緑の輝き
秋になって寒さとともに神社の周りで紅葉で美しい葉っぱ
そして冬になれば幹や枝だけで自然の造形美を見せる森
幹や枝の自然の造形美はほんとうは冬のものなのですね
この写真のサルスベリの樹は真夏にこの姿です
それでちょっと目立ったのでしょう
冬だったら競争相手がいっぱいですが この時期にはいません
これは人生で成功する秘訣の一つを示唆していますよ
「ライバルがやっていないことをする」
まあ これだけのことです それで際立つことができます
「言うは易く行うは難し」
ですが...。
自分の庭が持てるのなら・・・
ひとつの季節にひとつの花木を選ぶとしたら・・・
楽しいプランだと思いませんか
わたしのプランは 春のユスラウメから バイカウツギ そして紫陽花へ
ここで終わりになりました。木を持ち込むスペースがなくなったのでした。
でもね夢想は続きます・・・・冬は さざんか 蝋梅(ロウバイ)に決定
秋の紅葉はどの木がいいのかなあ 夏の花木どれにしようかなあ
ひとつの季節にひとつの花木 かさならないように ひとつずつ
夏に咲く花木 サルスベリいいですね
あちこちの塀から 公園・植物園で 赤 ピンク 白 こぼれ咲いています。
元気いっぱい 花期は長い(夏中咲いてませんか?)なんておりこうさん
良いなと思うのですがそこいらで楽しめるので
わが庭でそおっと楽しむ・・・にはすこし・・・かな
花期が長い 嬉しいにきまってますね
年中暖かい街で暮らしたことがあります。
どの花も花期が長いのです。 数か月咲き続けます。
宿根草になると?(バーベナだったのですが)一年中満開・咲き誇っていましたよ。
我が配偶者さんは あんまりだあっと叫んで 嫌だああっと叫んで
あのお けっとばして・・・あのお 公共街路樹の足元からんで満開続けてる花
けっとばして・・・ おまわりさんみつけられなくて よかった!
日本人 ゆく川の流れは絶えずして・・・うつろいゆくの無常観
根深いものがあるようですねえ
すべて うつろいゆかねば・・・嫌なのかもです
三日見ぬ間の桜かな・・・もんくたれたれ なげきうらみ
日本人の本心 長く咲き続けたら・・・嫌なの かもよ
写真No.161:8/3:ひまわり
ついこの間 ひまわりの写真をテーマに何か書いたと思うのですが
早くも1年経ち また ひまわりです
花に迫力がありますので写真にしても訴求力?がありついつい採用してしまいます
大輪で大胆な黄色の花は暑い夏にふさわしいです
暑いと言えば今日は39度になるとかでまだ11時ですが33度とか言ってます
そのためついに我が家でも外出して散歩すると言う習慣を中止しました
しかし一日中パソコンの前に座っていては筋肉は衰えるし認知症も進むようです
そこで 配偶者さんと相談の結果室内を隅々まで歩くことにしました
一回1200歩で午前に1回と午後に2回で合計3600歩歩く計画です
さっきネットで読んだ外国の研究では一日7000歩歩くのが理想らしいです
だいぶ足りませんが 人は散歩のみで歩くにあらず です.
ちょっとした用事例えば 耳かきを取りに行くとか 窓から外を見に行くとか
でちょこちょこと歩きますので 結局 6000歩くらいは歩くでしょう
それにしても今年は暑いですね〜 しかしこれはネガティブな発想です
ポジティブに言えば 晴天でどこまでも青空が広がって晴れ晴れしています
我々も青空は好きなんですが 雨が少ないのは困ります
野菜とか果物とかが不作になって 美味しくないのに価格が高くなります
まあどんなことにも中庸であること バランスが大切なんでしょうが
問題はどこが中央点であるかについて いろんな意見があることです
皆が「私は中央に位置しています」と言いますが 人によって位置が違うのです
色にたとえれば皆が「私は灰色です」と言っているようなものです
真っ白と真っ黒の間の色はすべて灰色すなわち中間です
と言うわけで「私は中庸」と言う主張は何も言ってないのと同じです
まあ そう言うことで自分の意見を隠しているのかもしれません
何を隠そう かく言う私もこのテクニックを使いかねません
ひまわりさんは違いますよ
ひまわりさんはバランスが取れた天気でなく「晴天が好き」です
ときどき根元に水をまいて欲しいですが
まだまだ夏は続きます 頑張りましょう!
ひまわりにお似合いの夏 ひまわりの夏
(八月生まれの身としては大きな声でぼやきにくいのですが 酷暑!)
ひまわりが目に入ってきた 入ってきまくった夏
こんなに新鮮な驚きと喜びでこの花眺めたことなかったような
子供の頃から
ひまわりは太陽に向かって咲く 太陽を追って花むき変えてゆく花
知識として受け入れ信じていました。 なかば一般常識化してませんか?
あれっ そんなひまわり見たことないぞ あっち向きこっち向き咲いてるよ
ひまわり畑 花が一斉に朝日から夕日へ首うごかすなんて怖すぎる
(まあSF小説にそんな植物の惑星のストーリーあったけれどもね)
誰だ そんないいかげんな うそっぱち教えたのは
この夏気づいたのです。あれ東むいて咲いてる花が多いなあ 偶然?
植物園ひまわり畑 あっと驚きの風景
すべてのひまわり東にむいて咲こうとしている 東に向かって咲き始めている
東に向いて咲き誇っている 一斉に! ななんと!
太陽とともに一日花首動かしてる様子はないけど 怖いくらい一斉に東向き
グーグルさん どういうこと?
とりあえずの答えはありました。 なんだかなあ程度
でも朝日に向かうひまわりの性癖は理解したのかな
(だって強烈な実例に囲まれちゃいましたからね)
でも多花性だったり群生だったりすると東だろうと西だろうと隙間みつけて
咲かねばなりません。お日様追ってうごめく余地はないですよね。
ひまわり 自分のお日様見つけて咲くことになります。
東西南北どちらでもいいのです
咲いてます 咲き誇ってます どれだってナイス!
元気がなにより の 夏 !!
(ひまわりさんは叫んでいます)
酷暑 頑張りすぎないようにを がんばろう
(これはわたしの叫びです)
写真No.160:7/27:ムクゲ
ムクゲは夏の花です.これを見ると日々草を思い出しますね
全体として白くて真ん中が赤っぽい部分がある構図がお気に入りなんでしょう
私のジェネレーションになるとこれは日の丸弁当に連想が繋がります
日の丸弁当と言っても豊かになった今時の日本人には分からん人もいるでしょう
副菜が梅干しのみでそれが白いご飯を詰めた弁当箱の真ん中に埋めてあるのです
白地に赤い丸が中央にあるのが日の丸弁当です
私は日の丸弁当を持たされた経験はありませんが
弁当箱に白いご飯を敷き詰めてその上に細く切った塩昆布をばらまいただけ
というようなものを持たされたことがあります
若干の塩昆布だけで弁当箱に詰まったご飯をすべて食べよ ということらしいです
これは修学旅行中のできごとなんですが 昔はニッポンも貧しかったのです
もっと最近 塩昆布弁当から約20年後 ある食堂で魚定食を注文すると
どんぶり一杯のご飯と釜上げしらすが十数匹とタクワン二切れが出てきました
日の丸弁当や塩昆布弁当よりはだいぶ上等ではありますが
十数匹の釜上げしらすは一口で食べてしまいますので
ほとんど食べていない残ったご飯は二切れのタクワンでいただくことになります
そんな貧しい時代は日本では終わったと思いたいですが
自由な社会では各個人の生き方しだいで豊かさのレベルに差が付きます
ある程度の能力とちょっとした努力としっかりした計画性がないと
日の丸弁当や塩昆布弁当に戻ってしまう可能性もあるのです
ちなみに私は長く梅干しが苦手だったんですが
年月の経過と共に嗜好がかわったらしく梅干しの味を楽しめるようになりました
特に梅干しをつぶして釜上げしらすにまぶして 丼に入ったご飯の上に乗せる
「釜上げしらす梅干しまぶし丼」をこよなく愛するようになりました
釜上げしらすも梅干しも体に良いらしいので この夏にはたっぷり楽しみます
この夏にたっぷり楽しでいるのは静かな植物園です
周りに誰も居ないちょっとした空き地に椅子を2つ並べて座り
自販機で買ったアイスココアを持って退屈な時間を過ごします これは天国か?
と思えるほど快適なひとときであります
このとき椅子に座ったまま横向くと写真のムクゲが見えるのです
ムクゲは極楽に咲く花か?トンボは飛んでいませんが...。
散歩道 住宅街
ぐるりこの花木で囲い込まれた畑みつけました。
夏 花の少ない季節 咲きまくっていたのでした。
こんな咲かせ方あるのだなあ
完勝 完敗 お見事 脱帽
季節感いっぱい 懐かしさ感いっぱい
何気ない花木 何気なく庭の隅植えられてしまいそうな花木
あまりにも無造作に多花性 枝葉樹形無造作にゴチャゴチャ
なんだか 軽んじられてしまいかねない花木
あの日以来 季節を教えてくれる大好きなムクゲの花なのです。
夏にかき氷あるように 夏に蚊取り線香あるように
花火楽しむ少女の浴衣の模様にムクゲの花 最適だと思いませんか
以来 この花見つけるたびに わあ 懐かしいなあ
浴衣の花だなあ 騒いでしまうわたくしめ なのです。
この花模様の浴衣着てる女の子どこかにいないかなあ
会いたいなあ・・・
京都府立植物園
お茶碗に土つめこんでパカッとひっくり返して 頭トントン
平らにしたような丘もどき まわりにムクゲが植え込まれています。
成長旺盛な木です もう数年もすればムクゲの花に囲まれた丘
閉ざされた空間ができあがりそうです。
数年前 この丘に椅子持ち込んで過ごしている方がいました。
ムクゲの花に囲まれて・・・瞑想にふけるお釈迦様?
ムクゲの花にトンボは似合わなさそう・・・ひらりひらり
迷い込むように飛び交う極楽ちょうちょ・てふてふさん
絵になりませんかね?
猛暑の夏 アイスココア片手に ぼけー
すべて夢かまぼろしか こんな一日でした。
写真No.159:7/20:サフランモドキ
サフランモドキと言う名前の花のようです
名前からしてかの有名なサフランに似ているらしいのですが
ガードニング初心者としては どこが似ているんじゃ と思ってしまいます
名前に偽物を意味する「もどき」が付いているなんて失礼なと本人(花)さんは思ってい
るかも知れません
googleによれば雨上がりに咲くのでレイン・リリーとも呼ばれるらしいです
たぶん本人(花)はこっちで呼ばれる方が嬉しいことでしょう
だがしかし こっちでもリリーの代用品のような響きがあります
世の中にはそう言う宿命の花も居るのかもしれません
そこで,もっとgoogleしてみると
「別名は、ゼフィランサス、レインリリー、ローズピンク・ゼフィランリリー、
キバナサフランモドキ、モモイロタマスダレなど」
と出てきました。なんじゃこれ!花にはこんなにたくさんの別名があるのが普通なんかい?
しかも最後に「など」が付加されていますので もっと別名があるらしい
初心者としては覚える気がなくなります
そう言えば ちょっと暇なときに いろんな小鳥の鳴き声を覚えようと
youtubeを見た・聞いたのですが
バードウオッチング入門者には全部同じ鳴き声に聞こえて直ぐに諦めました
我が家では 誰でも知っている10種類程度の小鳥たち(含むカラス、とんび)以外は
「小鳥の鳴き声」と表現することになりました
我が配偶者殿はまだチャレンジすると思いますが聞き分けるのは無理だと思います
もっと昔の視力聴力が老化していない時代であればよかったのしょうが...。
話は変わりますが このエッセーを書き始めたのが2022年の7月中旬でしたので
いつの間にか3年経ちました
こんな文章でも頭を使うので数独代わりです
スッと書けるときもありますが なかなか書けないときもあります
あれやこれやと悩むときに思考を司る前頭葉が活動するらしいです
(ほんとかな〜)
ともあれ まだまだ書き続けます
少なくとも配偶者殿は喜んで読んでくれると思いますので..。
あなたの庭の花々の名前 ご存じですか
知りたい 知っておきたくなりませんか?
名前タグ付きでやって来た花達はそのまますんなり
いつの間にか 忘れちゃったり… まあいいかっと…
ふと思いつくのです ああ あの花の季節だぞ そろそろだぞ まだかなあ
今年もまた出会えたこと 嬉しさ しみじみ・・・
しみじみのぞき込むには お名前付きでのぞき込みたいような
googleでチェックしたら
まあ ほんと ゴタゴタ ゴチャゴチャ むかっ 植物学会め!
ネーミング みんな気に入らないのでした。
白い世界から淡くピンクの色が匂い立ってくるような花
ピンク色の花が好きになった最初の花なのです。
意識はしてなかったけれど 青系白系に好みあるのだと感じてたような
この花 球根数増えて安定・ひとつの季節教えてくれるようになりました。
ああっとのぞき込んだ途端 淡いピンクの世界 可憐!清潔!
ほんときよらかに清潔感そして愛らしい なんだか一点の曇りもない純粋な存在
要するに ぞっこん
ひそかに(ひそかにですよ)一番好きな花なのかも
この歳になって!ピンクの花が好き!だなんて すこしぷぷぷ
この花をゼフィランサスと一緒にはしてほしくなかったかなあ
私のゼフィランサスはタマスダレとも言って懐かしい花 花壇縁取り元気下町風の花
この花は 独立した雰囲気を持つ 深窓の令嬢風の花
お山のハイジさん 対 クララさん
似ているのだとしても 違う! 違いのわかる・・・わたしなのであーる。
(っと思っている 今日この頃なのであります)
(これがわからん輩は もう後ろから頭ゴーンっと…)
(懐かしい桂枝雀さんのフレーズです。ファンなのです。)
写真No.158:7/13:ハス
蓮の花です
蓮の花と言えばお釈迦様と言うか仏教を思い浮かべます
googleによれば 仏教では極楽にハスの花が咲いているらしいです
仏教はキリスト教やイスラム教と並んで3大宗教の一つと言われてます
宗教の主張のエッセンスは天国の存在です
ほとんどの人は現実の世界では不満があって
「もっと幸せになってイイはずだ」
と思っています
そこで次の人生では天国に行って幸せになれるはずである!と思いたいのです
天国が存在して頑張った人は報われる方が だいたいの人には都合が良いのです
と『葬送のフリーレン』で誰かが行っていました
私も天国があった方がいろいろと都合が良いとは思います.
問題は天国の姿です.全員が幸せな天国とはいったいどんなところなんでしょう
天国では全員が社会的にも出世して社長さんになっているはずです
クルセダーズの歌に
「天国良いとこいちどはおいで 酒はうまいし姉チャンはきれいだ」
と言うのがありますが これでよかったらわざわざ天国にゆかなくても
キャバクラとか言うところに行けばよいだけです
クルセダーズの考え方には賛同しがたいです
現実の世界ではほとんどの人が不満があって不幸であると書きましたが
この不満は他人と比較することから生まれます
ほとんどの人が不幸と思っているのは 数少ない幸福な人と比べるからです
現世ではほとんどの人が平社員で社長さんにはなれません
天国では全員が出世して社長さんになっているはずです
しかしそれでは威張ってこき使うべき平社員がいません
社長さんは小遣いさんや事務員さんを兼任せねばなりません
また社長の間で
「凄い社長」と「たいしたことがない社長」がうまれそうです
天国で「たいしたことがない社長」になっても不満が残ります.
天国ではナンバーワン社長になりたいのです.
全員がナンバーワンになるのは無理です.
天国でも序列がありそうです 不満な人がいっぱい居そうな気がしてきました
全員が幸せな天国とはいったいどんなところなんでしょうか?
あったら行きたいですが...。
今は昔 暇だったんでしょうね
どんなお馬鹿さんでもわかる?三大宗教の解説?そんな風な宣伝の本見つけました。
キリスト教 イスラム教 仏教
びっくりしたのでした。
キリスト教、イスラム教 おなじ神さま信仰なこと知ってましたか?
いわゆる旧約聖書の神 神様信仰
あるとき キリスト(ユダヤ人ですのよ)が神の子として登場。キリスト教へ。
(キリストを神の子とみなさない・・・旧約聖書の神・・・ユダヤ教)
旧約聖書の神 神の言葉を人に伝える?未来永劫最後の預言者マホメット登場。
(キリストを神の子とは勿論みなさない)イスラム教へ。
そんなことだったような・・・
まあわたしの記憶・理解力(ゆめ信じるなではあるのですがね)
神・信仰 人類に自然必要不可欠な・・・?
音楽も文学も哲学も美術も スタート地点に神・信仰?
なんだかね 怖くなったのでした。
人の歴史 美しい進歩の裏側 強烈な残酷な歴史ではありませんか?
神・信仰の持つパワー 原動力いつもその中心には・・・
小心者です。それまで美しきものとして眺めてきたかもしれない
信仰の建築物 祈る人たち 儀式 聖書 などなど
秘められたパワー気づかずにはいられない
すこうし目をそらしてしまいます。そっと道ゆずってしまいます。
蓮の花に囲まれて 瞑想にふけるお釈迦様
仏教の雰囲気のあるこの国に生まれてきたこと
ほっ 安堵感 よかったなあ
信仰とは関係ないのでしょうが
瞑想にふけるお釈迦様 お邪魔にならないように
ツイー ツイー 蓮の花咲く池 飛ぶトンボ達
一日中 ツイー ツイー
蓮の花に瞑想のお釈迦様 お幸せそうで嬉しいです。
写真No.157:7/6:ユリ
歩く姿はユリの花
が有名です.一本だけでスッと立ち上がって風があれば揺れますので
歩いているように見えないこともありません
歩くと言えば昔からよく歩きました
旅行に行けば3時頃にチェックインして それから夕食時まで新しい街を歩き回りました
おかげで夕食を食べる頃には『ここは第二の故郷や』と言うくらいに街に詳しくなったものです
しかし夜になると足というかふくらはぎが痛くなって悲鳴ををあげていました
この当時は一日2万歩〜3万歩歩いたと思います 元気だったと言うか若かったと言うか...。
現在は一日1万歩にはとどきません せいぜい 歩いて8000歩程度です
それも休憩を挟んでいます 植物園であれば
入り口からカフェまで10分で休憩してココア
次にバラ園まで10分でまた休憩してお茶
次は旧日本の森の四阿まで15分〜20分でまた休憩してお茶
そこから出口まで10分で休憩してお茶
それから地下鉄の乗り場まで10分
と言うような感じです 以前にも書きましたが歩いていると言うよりは休憩しているという感じです
しかもスタコラサッサと歩くのではなくブラブラと歩いていますので健康に良いのか疑問です
しかし皆さん ご安心ください 我々は夕散歩と言うものをいたします
5時頃から約30分ほどまた歩くのですが 我が家は瓢箪崩れ山のほぼ登り口にあって
散歩ではこの山に向かってなだらかな坂を登って行くのです
瓢箪崩れ山の0.2合目?くらいのワンが住んでいるところが折り返し地点です
この折り返し地点では脈拍は120を超えるくらいですので この夕散歩は運動になっています
最近は夕方でも暑いので家の近くにたどり着いた頃にはくたくたと言うかよぼよぼです
最近の人生は 気分爽快に歩くために 一日使っているような雰囲気です
あんなにキレイだった風に揺れるユリもプライムを過ぎてしまいそうです
代わりに夏の花の日々草が輝いてきました
暑さに強い芝生も元気に伸びています
小さい小さい青蛙が裏の田圃から引っ越してきて庭のあっちこっちで飛び跳ねています
いよいよ真夏ですね〜 でも歩るかなアカン えらいこっちゃ!
どういう事情なのかさっぱりなのですが 今年はカエルの当たり年?
この二、三年 田んぼのオタマジャクシ数激減 庭にやってくるカエル激減
さみしかったのです。 農薬? 天変地異(てんぺんちい)? おさだまり地球温暖化?
半分あきらめ・・・・だから 嬉しい 嬉しさ百万倍
よちよち歩きの新米カエルさん ニコニコ眺めています。
この季節芝生に小さな羽虫発生します。 新米カエルたちにぴったりの餌?
アマガエル 庭のどこか木のどこか暮らしているようす。
枯れ葉の下から迷惑そうにボケー 遊んでた?居眠りしてた?
場所ばれるような 緑の体色 木の体色 石の体色 金属の体色 土の体色
ばればれですよ おかしくてみんな可愛い 庭の仲間・我が家の仲間
このお遊びエッセイ 学ぶこと有りなのでした。
わたしの出身地 田んぼの蛙といえばトノサマガエルだったのです。
大きいし見た目もちょっと あれなので 苦手気味かも
京都にきて 田んぼの隣に住んで 蛙の大合唱聞いて オタマジャクシ観察して
オタマジャクシの数にしては・そのわりには蛙(トノサマガエル)見かけないなあ
それほどに都会では生存競争過酷ということななのかなあ
なんて ぼけ ぼんやり・・・おばかのまんま
違ってたようです
京都では田んぼの蛙はアマガエルらしい(アマガエルは庭のカエルだと思ってた)
いままでに三匹トノサマガエル庭にやってきたと思います。
アレッ・・・ 長居はしてくれなかった・・・と思います。
田んぼの蛙 地域性あるのでしょうか どんな事情で分布変わるのでしょうか
トノサマガエルとアマガエル
生存優先区ラインはどんな理由でどこに線引きあるのでしょうか。
不思議 不思議を楽しく思うだけなのですが
どなたか調べてみて!
そして日本の田んぼの蛙達について 解説・教えてください。
うちのアマガエル チューリップ真ん中に鎮座し 紫陽花に埋もれ
カノコユリに乗っかって揺れて・・・幸せの限り だと思います。
見てる我々も幸せの限り 愛されてる存在なのです。
写真No.156:6/29:アジサイ
一年前の6月にもアジサイの写真を載せました
その写真ではアジサイの花びらにまだ緑色が残っていましたが
今年のは全面アジサイ色です たぶんアジサイのプライムの時期です
その一年前のアジサイの時も書きましたが これは福井県の小浜出身です
海岸沿いの丘の上に海を一望して咲いていたアジサイの枝を持ち帰って育てた株です
この小高い丘にはもう一つの思い出もあります
普通はくず饅頭と呼びますが 我が家では水饅頭と言うことが多いです
この丘の麓に水饅頭を売っている和菓子屋さんがありました
お店に入ると畳一枚くらいの長方形で高さが20cm程度の水槽が置いてありました
お祭りのときによく見る金魚掬いの水槽とそっくりですが
中には金魚ではなくて水饅頭が入っていたのです
そこで4個((配偶者+私)×2個)の水饅頭を買うとビニール袋に水饅頭と水を入れてくれます
金魚の代わりに水饅頭が泳いでいると言う感じです
それを持って大急ぎで車で丘の上に行って
『ゴクリ!ゴクリ』と水饅頭を食べると言うか飲み込むと言うかします
一瞬の幸せ×2回です
この水饅頭は水がおいしい小浜ならではの和菓子です
持ち運びが困難なため地元に行かないと食べられません
この水饅頭と こりこりのネタの寿司屋さんのためによく小浜に行きました
40歳代から50歳代のかけて日本国中を車で走ったのですが
おかげで地元でないと味わえない料理をいろいろいただけました
ちょっと思い出すだけ
日本海の海岸沿いでいただいた岩ガキや松葉ガニ
高知の鰹たたき
網走のタラバガニの内子
松前の塩水バケツのうに
大分空港の関サバと城下ガレイ
その他にもいろいろあります
イヤー!みんなうまかったな〜!
これらの料理は地元以外で出会うことがありますが すべて地元のものとは違いました
いまから50年ほど前にアメリカに行って食べた日本料理と同じです
似ていない非なるものです
しかし地元のものと違っていてもそれなりにオイシイこともあります.
水揚げしたばかりの鰹がある高知と周りに海がない京都では素材である鰹が違います
新鮮な鰹の柵をぶつ切りしただけでオイシイ高知と
幾日か経った鰹をおいしく食べる工夫をする京都では食べ方が違うのは当然です
車の運転も旅行もしたくなくなった我々としては京都の食べ方でOKです
とは言え最近スーパーで買った鰹たたきはちょっと古くて食べれませんでした
庭に雨 目には紫陽花 古鰹
でした 残念
庭の紫陽花 プライムの色・花姿です。
写真映り完璧。 実はね 株としてはもう何年も乱れ乱れの実態
いいのよ 花数いくつでもいいのよ 咲いてくれたらそれでいいのよ
・・・みんな私が悪いのです。
剪定と私 不倶戴天の間柄
決意 反省 グーグル検索で学び ユーチューブのチェックおこたらず
だめなのです。不倶戴天の敵 容赦してくれるはずないのです。
考えました。 敵がそうくるなら そうだ挿し木でやり直してみよう。
去年の今頃 挿し木すること20本 夏 秋 冬 春 見守り続けましたよ。
あれやこれや理由あるのでしょうね 見守りのなか19本 DIE ON ME! 涙。
一本頑張ってます。 葉8枚 背丈15p がんばれ がんばれ
ものはついでです やぶれかぶれの蛮勇 今年も挿し木やるつもりです。
資本主義的・挿し木に良いらしい赤玉土とやら本日配達の予定
再チャレンジ・・・乞うご期待
もし もしですよ 花咲かせる株に成長してくれたら
駐車場跡日向の庭 並び植えて一世一代 紫陽花の庭へ
夢 かなうのでしょうか 夢 間に合うのでしょうか
わかりませんね。 夢みる 今 今に生きているのです。